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明智光秀が下手をして左の瞼に怪我をした。 どくどくと流れる血が面白いので二人して笑った。 が、流石に見目が悪いので治療をさせて左目ごと布で覆う。大した傷ではなかったから、数日もすれば治るだろう。 「独眼竜とお揃いですね」 なんて光秀が嬉しそうに話しかけてきたが、どちらかといえば四国の鬼とお揃いであるということは武士の情けとして言わないで置く。 片方しかない左目を歪めて適当に笑って見せた。 人というものは、案外視力を一等頼りにして生きている。 ある筈のものが、片方だけとはいえ使えなくなる不便さは小さい頃に厭というほど思い知らされた。 「おっと」 不意に光秀がよろめいて、隣を歩く政宗の肩をつかんだ。 「すいません」 「いや」 足元を見ると下草に小石が隠れているのを見つけた。 これに躓いたのだろう。普段の光秀なら難なく踏みつけてそれで終わりだったろうに、珍しい失態に政宗は妙な懐かしさを感じる。 物に躓いたり転んだり、曲がり角ではよく人に頭からぶつかった。 失った平衡感覚を取り戻すことに随分苦労したものだ。 「片目だと歩きにくいだろ」 冷やかしを含めてそう言ってやると、意外なことを聞いたとでも言う風に光秀は右目を瞬かせる。 言われて始めて気がついたのだろう。ああなるほどと、一人で納得しながら呟いた後でやんわりと笑い返してくる。 「そうでもありませんよ」 「why?」 否定されたのは初めてだ。 一時とはいえ片目同士、奇妙な親近感さえ政宗は今の光秀に抱いている。この男が単なる世辞や追従をする筈がないと、好奇心と期待を込めてその酷薄な笑みを見返した。 「ごちゃごちゃとわずらわしいんですよ、二つ目では」 「片目だと、要らないものを見ずにすみそうです」 両方の視界では広すぎて、見たくないものまで目に入ってきた。 一つしかないからこそ、真直ぐ進むべき道のみを映すことができる。 この男と自分では、どこをどう足掻いても見つめる方向が違っていくのだろうけれど。 「Marvelous! そいつはまた随分と我侭な目だねえ!」 「ええ、あなたと同じですから」 政宗が面白そうに声を上げて笑うと、肩に乗せた手をそのままに、それの何が嬉しいのか片目の白髪男は穏やかに微笑み返した。 「片目だと歩きやすいかい」 「そうでもないですよ」
欠けた世界 06.5/31