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「お前など私の子であるものか」

「お前のような醜い化け物を好む者がこの世のどこにいるものか」

「汚らわしい」



「だから、早く死んでしまえ」










嫌な夢を見ていた気がする。
数回肩を揺さぶられて、政宗は目を開けた。いつの間に眠っていたのだろうか、慌てて顔を上げれば目の前には真っ黒い外を映した幾つかの窓と、誰も座っていない座席が見える。
自分たち以外の誰も乗っていない。政宗はよほど熟睡していたらしく、嫌味のない苦笑を浮かべながら車掌に電車の終点を告げられた。終電とも教えられたが、どこに着こうと全部同じだから問題はない。
適当に礼を言いながら席を立つと、政宗の空いた手を掴む手がある。
肩を揺さぶり、政宗を起こした手だ。抗いもせず小太郎に手を引かれたまま、電車を降りた。

前を歩く小太郎の顔は、赤みがかった髪に邪魔されてよく見えない。







「駆け落ちしたい」

我ながら頭の痛い言葉を放ったと思うが、それでも自分が今の場所から離れたいと思ったのは事実で、そして少なくとも冗談だけで終わらしたくないのも本当だった。馬鹿だとは思ったが、そのとき頭に思い浮かんだ言葉がこれだから仕様がない。
しかし、電話の向うではうんともすんとも返事をしなかった癖、こちらが一方的に指定した時間通りに駅の前で政宗を待っていたこの男も同じくらい馬鹿だと思う。学校では絶対見られない私服姿の肩に黒いリュックを引っ掛け、小太郎は駅前の階段に座り込んで政宗を待っていた。赤信号の前で突っ立っている、同じように私服でバッグを提げている政宗と目が合うと、青に変わったのを見計らい雑踏を掻き分けて近づいて来る。学校の廊下で声をかけたときのように、何の気負いもない自然な歩き方だった。
電話の意味通じてたんだろうかと不安になったが、それを口にするのはなんとなく気が引けた。
路線図を眺めながらどこに向かうか二人で軽く相談し、切符を買って電車に乗り込む。うっかり帰宅ラッシュの時間と鉢合わせてしまい息が詰まるかと思ったが、電車を乗り換え、知らない駅を通り過ぎ、そのたび人の数は目に見えて減っていった。その様子を、途中から座席に座って政宗は眺めていた。隣には当然のように小太郎が座っていた。長い前髪の所為で何を考えているかよくわからなかったが、座っているんだから嫌じゃないんだろう。随分と長い時間そうしていた気がする。いつの間にか二人の手は重なっていた。その温もりを暑苦しいと、心地よいと考えているうち政宗は眠ってしまったらしかった。



小太郎に手を引かれ、人気の絶えた深夜のホームへと二人降り立つ。塗りつぶしたように黒い世闇を拒むように、蛍光灯が白々しいまでの明るさで二人を迎える。
長時間座りっぱなしで固くなった体をほぐそうと、政宗は手を上で組んで大きく伸びをした。
伸びをしながら駅の周りを見渡すが、街の明かりはほとんど見えない。どこかから、小さく潮騒の音が聞こえたような気がした。海が近いのかもしれない。気にはなったが、それよりも今夜の寝床を探す方が先だろう。
これからどうするか、同行人の意見を聞こうと(といっても彼は首を振るか頷くしかしないんだろうが)後ろを振り向くと、小太郎は政宗に背を向け、コンクリートの壁の前に立っていた。
「何やってんの」
聞きながら隣に立つが、訊ねるまでもなかった。田舎の駅にありがちな、くだらない落書きが壁一面に書き殴られている。常人には理解できない魂の叫びからつまらない自慢。書いた人間を哀れむしかない、芸のない下ネタ。
「Oh…また色々書いてあんな」
呆れと感心を込めた声で呟くと、小太郎が落ちていた石を拾い上げて壁の隅にガリガリと線を描き始めた。
何を書くのか好奇心で眺めていたが、線が一筆書きで傘を表したところで思わずストップの声が入る。
どこからどう見ても昔懐かしい相合傘だった。
「ちょっと待て。何をやるつもりだ」
しかし、小太郎はドスの低い声に脅えた風もない。相合傘の横に無造作に答えを書く。

記念。

「何の記念だ!つーかそこに誰の名前を書くつもりだ!」
「当たり前のような顔して俺を指差してんじゃねえよ!って、え、何。マジでやんの?really?やめろって!いやinitialでも変わんねえよ全然そんな落書きがあるってだけで恥ずかしくて死ぬ!だからやめろっつってんだろうが馬鹿野郎ー!!!!」

終電も過ぎた深夜の駅に響き渡る恐怖の悲鳴。
最終的にはぶん殴ってやめさせた。





「ったく、余計な手間取らせやがって……賠償金請求されても俺は助けないからな」
白い傷が真新しい落書きの上を、さらに白い線が走って消していく。ぶつぶつと文句を言いながら、政宗は相合傘を石で引っ掻いて塗りつぶしていく。完璧に消すことはできなかったが、書きかけだったK・FとM・Dのイニシャルが見えなくなっただけでも満足だろう。
小太郎はその間、殴られてじんと痛む側頭部を片手で押さえて少々ふらついていたが、作品が消されたのを見届けると肩を竦めて見せた。冗談じゃないと、その額を政宗が爪弾く。
「大体、今日のお前はしゃぎすぎ。修学旅行じゃねえんだから、少なくとも俺は……」



「お前など私の子であるものか」



「…………っ」
嫌なことを思い出してしまった。
嫌悪が顔に出てしまったが、小太郎の顔は変わらない。何かの言葉をかけられるわけでもない。
彼が何を考えているかなんてわかったものじゃなかった。それは政宗もわかっていたはずだった。大きく息を吐いて、遣りきれない気持ちを押し流す。


駆け落ちなんて、言葉のあやだ。


それでも自分が今の場所から離れたいと思ったのは事実で、そして少なくとも冗談だけで終わらしたくないのも本当だった。
帰らなくてはいけないことをわかっていても、僅かな自由の時間を作りたかった。その時傍にいるのは彼でいて欲しかった。
もう一度、落書きだらけの壁に政宗は目を向ける。
小太郎は駅で自分を待っていてここまで付き合ってくれた。
電車の中では手を繋いで、普通の恋人のようにじゃれあって。



「お前のような醜い化け物を好む者がこの世のどこにいるものか」



他に何を望むというのだろう。
苦笑する政宗の手を、何気ない自然な動作で小太郎が掬い取る。お互いの手が絡み合い、ぎゅ、と強く握り締められる。
俯いていた顔を上げると、小太郎の長い前髪から垣間見える両目と政宗の片目の視線が合った。
彼は否定も肯定の言葉も発しない。その代わり、自分の代わりにこんなにも温かい笑顔を政宗に向けてくれる。
もう一度政宗は笑って、絡められた手に力を入れて抱きしめた。
それに応えるように、小太郎の笑みが嬉しそうに深まったことを素直に喜ぶ。



だから、早く死んでしまえ





不安になる理由など何もない。
二人手を繋いで夜道を歩きながら、せいぜい長生きしてやろうと思った。










君となら行き先なんかいらなかった

06.7/12

小太郎は普段範囲10m以内に近づくとさっと隠れてどっかに隠れちゃいそうな野生のウサギさんだけど、
懐いて自分が愛されてることを理解したら愛された分だけ愛情を返すわんこになればいいなという夢を見た。ごめん自分で書いてて恥ずかしい(苦笑)