林に隠れた獣道をしばらく歩くと、開けた視界にひっそりと小さな古寺がある。
大きく傾いた柱に崩れた壁面、それらを覆い隠すように雑草の類が所狭しと生い茂っている。
古寺の周囲を囲む木々が高い所為か、人が離れて久しいからか。ここは昼でも薄暗い。

ボロ寺の内部、埃被った本堂の中に一人の男が入り口に背を向けて立っている。
特徴的な青い陣羽織に、腰に差した六振りの刀。三日月の兜を脇に抱えた彼の戦装束。
その後姿に、目を奪われた。
色褪せた水墨画にぽたりと青を落したような、目の冷めるような鮮烈さがそこにはあったからだ。
崩れた仏像を見上げていた男は、気配に気がつくと首だけで戸を振り向きその独眼をすっと細める。
戦場で敵を見つけたときのように油断なく見据えられていた左目は、しかし小太郎の姿を認めた途端に険を潜めて柔らかく和められた。
この場にいるのは、戦場で知略を争い、六爪で敵を斬り裂く独眼竜ではない。
裏表無く笑いかけては、些細なことで拗ねてしまう小太郎のよく知った政宗と言う男だった。



政宗が小太郎の名前を呼んで笑いかける。
一息に距離を駆けると、呼ばれたことを甘えにその身体をきつく抱きしめた。
前触れも何もなく抱きしめられ、驚いた政宗が一瞬目を見開く。その隙に、兜が抱えた手から零れ落ちてがらんと板の上に落ちた。拾おうにも背中へ回された手が離れてくれない。
早々に諦め、苦笑しながら政宗も小太郎の背中へ手を回す。
どうした、と問うてくる優しい声に答える言葉を小太郎は持っていない。それでも許してくれることにただ甘え、政宗の首筋に鼻を擦り付ける。
薄く脈を打つ首筋はじんわりと温かく、触れているだけでどこか安心する心地になる。


温かい首も、優しい腕も、
しかし明日には斬り落され二度と脈打たなくなるかもしれないのだ。


抱きしめる腕に力が篭る。
息苦しさに政宗が眉を顰めるが、苦笑するだけで何も言わない。
多分、政宗は小太郎の考えを当てている。明日死ぬかもしれない自分を思い描いている。
それでも彼が落ち着いて小太郎を構っていられるのは、生き抜く自信があるからだ。
顔上げろよと、耳元で笑う声。
後ろ髪を引っ掴まれて顔を上げると同時に、小太郎の唇に柔らかいものが触れた。去り際からかう様に舌で軽く小突かれたので、政宗の後頭部を抱え獣のように噛み付き返す。
逃げる舌を絡めて唾液を吸いあい、漏れる吐息さえ逃がさぬように深く、深く。
何もかも忘れてしまうように。


ぎゅう、と背中に縋ってくる黒篭手の両腕に力がこもる。背中を走る引き攣れるような焦燥は、愛しいという感情なのかもしれなかった。










二度と会えなくなることが怖くて仕方がない。





どうか死なないで










戦前夜
06.7/26