蝉も泣き止むほどに、うだるような暑い昼だった。
板張りの床に枕を放り投げ、政宗はごろりと死んだように転がっている。昼寝である。
暑くて何もする気が起きないのだ。
政宗は暑さに弱い。何もしたくないときは大体この言い訳で押し通している。
生ぬるい風はうっとうしく、じわじわと浮き出る汗が不快で仕方ない。それでも日陰に潜んでじっと目を瞑っていれば、そのうちうとうとと眠くなる。暑い暑いと一人ぐちぐち文句を言いながら、抗わずに政宗は昼寝を楽しんでいる。
いつの間にか、部屋から聞こえるのは微かな寝息だけとなっていた。





ちりん。



唐突に、ずしりと背中が重くなって目が覚めた。
体を横にして寝ていたのだが、背中から誰かに抱きつかれているらしい。
自分のものでない腕がだらりと後ろから伸びていて、政宗の目の前に落ちていた。うなじの辺りからくるくすぐったい感触、は男の髪の毛のせいだろう。政宗が起きたことに気付いたらしく、覆い被せる体はそのまま小さく笑う気配が伝わってくる。
抱きつかれるまで相手の存在に気付かなかったとは、不覚としか言いようがない。
政宗は開いた左目を不機嫌に細めた。

「小太郎、暑い」

言外に離れろと言ってやったつもりだったが、却下されたようだ。逆にぎゅうと抱きしめられて、政宗は絶望のため息を漏らす。寝ている間に何があったか知らないが、完全に甘えモードに入っているようだ。
無口・無表情・無反応と三重苦のそろった相手なだけ、普段なら大歓迎で構ってやるところなのに生憎今日は日が悪い。
目を灼く陽光、あふれる熱気。一言で表すなら炎天。
べたべた引っ付かれても暑苦しいのである。
「……マジで暑いんだよ。眠いし。陽が落ちたら構ってやっからそれまで我慢しとけ」
抱きしめられたまま、自由に動く左手を曲げて首筋に散らばる赤毛をわしわしと撫でる。
その左の手首を、握り締められた。


ちりん。


つ、と汗が一筋流れて落ちる。
どちらが流した汗かはわからない。
長い指が数本、政宗の手の甲を愛しむようにゆるゆると這っている。小太郎に愛しいという感情があればの話だが、なくても大した問題ではない。
寝起きで深く物を考えたくない政宗はあっさりと思考を切り捨てた。
小太郎に持ち上げられた左手がだらりと伸びて、外に向けられる。好きにさせていると腕を引っ張られた。しょうがないから目を向ける。




ちりぃん。
りん。




その先には、風鈴があった。
細長い鉄板を数枚糸で通しただけの粗末な代物で、飾りも何もない。しかし薄手のそれは、微かな風に揺れるたびに鉄板が当たり、金属特有の澄んだ涼しい音を夏の空気のなか奏でている。
政宗が眠る前にはなかった代物だ。
小太郎が政宗の腕を床に下ろし、何もなかったかのように両腕で抱きついてくる。
首筋に顔を埋めてくるから二人分の体温が暑苦しくて仕方ない。涼しいどころの話ではなかったが、しかし控えめに届く風鈴の音色は耳に心地良かった。
後ろを振り向かないまま、小太郎に尋ねる。
「どっから持ってきた」
答えはない。
何でコイツ喋らないんだろうと、会話が成り立たないたびにいつも思う。
小さくため息をついてから、口を開く。
「買ってきたのか」
訊ねると、首を横に振られる。
「貰ってきたか」
首を横に振られる。
そんならアレか。
面倒で仕方がないという風に、気のない声で政宗は続けた。
「盗みは犯罪だぞ、返して来い」

首を噛まれた。
そのままがじがじと齧られて、じわりと血が滲む音を政宗は聞いた気がする。
少し痛い。


ちりん、ちりんちりん。


ただ鉄板を重ねただけなのに、その音色に心まで癒される。
「……jokeだよ、よく出来てる」
お前が作ったんだろう?と続けると、ようやく甘噛みから解放された。去り際に傷口をぺろりと舐めていくその様は、どっからどう見ても動物だと政宗はぼんやり思う。
いい加減眠くて億劫だったが、もう一度手を伸ばして小太郎の頭を撫でると今度は拒絶されなかった。甘えるように背中から抱きすくめられて、背中に額を押し付けてくる小太郎の顔は、多分満足げに笑っている。
俺も大概コイツに甘いなと、政宗は諦めのため息をついた。










(誉めて欲しいなら、最初からそういえばいいのに)





ちりん。ちりん。



真昼が過ぎて蝉の鳴き声も再開し、暑さはただ増すばかりのその日。
風鈴の音色ばかりが涼しげだった。










「いつでも甘えられる準備はしてあるんだよ」
06.9/12