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止め方が分からないので、結局城の壁をぶち壊しての帰還となった。
「いつき!」
「政宗、ケガはねえだか!?」
瓦礫を払いのけ、蹴り飛ばしながら道を作っていると二階から駆け降りてきたいつきにぎゅっと抱きつかれる。
「よかった……!」
「迎えに来てくれて助かったぜ」
温かくて甘い子供の香りに、政宗もほっと安堵のため息が出た。
名残惜しくいつきから離れると、埃を吸って咳き込んでいる半兵衛を見つけ、肩に腕を回してそっと立たせる。
きゃんきゃんと足元で幸村が心配そうに駆け回っていた。
「いつき、悪ぃが手伝ってくれ」
「あ、うん」
「ぎゃーっ!!ちょっと政宗さん!何てモノ連れ込んでくれたのアンタって人は!!」
「固いこと言うなよ佐助、土産だと思え」
「思えるわけないでしょうが!ソイツ、荒地の魔法使いじゃん!半殺しにされたことあるんだよ俺ら!!」
「元就に魔力を奪われてる。心配ねえよ」
「だからってさぁ……!」
「…………佐助君の言う通りだ、政宗君」
掠れた声を出し、半兵衛が政宗を押しのけた。
とはいっても、魔力を奪われ憔悴しきった体だ。大した力は出ない。すぐに、ふらりと体勢を崩して側の瓦礫にもたれかかる。
誰かの助けがなければまっすぐ立つことも難しいくせ、それを拒絶する半兵衛の目にはぎらぎらと強い光が戻っていた。
「半兵衛……」
「君に、その名で呼ばれる理由はないよ……魔力を奪われたとはいえ、僕にはまだ荒地の魔法使いとしてのプライドがある。君たちの安い同情を受け入れるほど自分を捨てては
ぐぶふっ
「半兵衛ー!!」
「血!血がっ!!うわ何このスプラッタ!!」
「いつき、タオル持ってこいタオル!」
「わかっただ!」
「体弱いのに無理すんなよ……」
「僕には、まだ夢があるというのに……」
「はいはい、明日にしような」
政宗に血を拭われ、車椅子でからからと運ばれる姿はどっからどう見ても重病人である。
確かにこれでは敵意の抱きようもない。半兵衛にひどい呪いをかけられた政宗も、命を狙われている佐助も見ていて可哀そうになるほどの弱々しい姿だった。風が吹けば、それだけで死にそうな顔をしているのだ。半兵衛をこの城に置くことに、佐助はどうしても納得できないが。
「ううう……小太郎は?一緒じゃなかったの?」
「……俺たちを逃がすための囮になった」
「ありゃ、やっぱりばれたんだ」
「ああ、3秒でばれた」
左手を掲げて、政宗は人差し指につけられた指輪を眺める。
心の中で願えば、会いたい者がいる方角を光の線で示してくれる魔法の指環だ。政宗はこれで佐助を呼んで、この城まで帰ってきた。
……小太郎は、そこまで考えていたんだろうか。
この指輪を使わなければならない事態が起こるということを。
5分だけ時間を稼ぐと言った小太郎は、まだ城に帰ってこない。
「大丈夫だべ、政宗」
政宗の右手をぎゅっと握って、いつきが元気づけるように微笑みかける。
「小太郎はフラッと外に出かけたっきり、三日も四日も帰ってこないなんてよくあることだし、二月も帰ってこないこともあったんだべ。心配するだけ無駄だぁ」
小さな女の子放って何ヶ月も留守にするのは、それはそれで問題だなと政宗は思った。
「それに、小太郎は強いんだ。軍隊なんかに負けるわけがねえ」
「……そうだな」
信頼に満ちた声で言いきるいつきの頭を撫で、政宗は微笑み返す。

ありがとう、と、初めて小太郎に礼を言われたのだ。誰でもない小太郎自身の声で。
嬉しかった。
彼が心配しているほどそんなに酷い声じゃない。だから、帰ってきたらもっと声を出すよう言ってやらなければならない。
早く帰ってくればいいと思いながら、政宗は左手の指輪をそっと撫でる。
淡い光を放って、指輪はきらきらと輝いていた。




















―――――



ぎい、とドアの開く音。
ぼたり、ぼたりと赤黒い血の足跡を残してそれはこちらに歩いて来る。
足跡は三本しか指を持っていなかった。
長くて先がナイフのように鋭い、猛禽類の爪をさらに凶悪に伸ばしたような禍々しいそれ。
ばさばさと乾いた音を立てて、黒灰色の羽が血だまりの中に落ちた。
「ああ!やばいよ、やりすぎだよ」
薪の下から顔を出した佐助が、震えた声で小太郎を見上げる。
小太郎は佐助を見返しはしない。
顔を俯かせて長い前髪で顔を完全に隠し、ばたりばたりと血を滴らせながら虚ろに歩いていく。
暖炉のそばで毛布にくるまって眠っている政宗の横を通っても、見下ろしもせずに小太郎は通り過ぎて行った。

「……?」

政宗が目を開いたのは、遠くで扉の音が閉じる音を聞いてからだ。
板張りの床にべっとりと付いた赤い足跡に、一瞬びくりと身体を竦ませる。
見覚えのある黒灰色の羽根を拾い摘み上げると、それは一瞬で散り散りに千切れ、枯れ葉が風に飛ばされるように政宗の手から消えてしまった。
ぎゅ、と左目を絞って政宗は二階を睨んだ。足跡は階段を上り二階へと続き、その先には小太郎の部屋があるからだ。

「あの、馬鹿」




















荒れ狂う風にかき消されないよう、必死に声を張り上げて政宗は叫んだ。
苦しそうに身体を縮め、うめき声をかみ殺し、必死に政宗から自分を隠そうとする姿が哀れで愛しくて仕方がなかった。



「どうすればいい!?どうすれば俺はお前にかけられた呪いを解くことができる!?」



政宗の声は、荒れ狂う風と獣の咆哮、黒灰色の羽ばたく音によって掻き消される。
獣の鳴き声は、もう遅いと泣いているようにも政宗には聞こえた。




















―――――



蛇口から勢いよく水が吹き出る音が聞こえて、政宗は飛び起きた。
額に手を伸ばすと、ぐっしょりと全身嫌な汗をかいている。
「政宗、早く俺と小太郎の契約の秘密を暴いてくれよ」
オレンジ色の炎を燃やして、暖炉から佐助が顔を出した。
普段飄々へらへらとしているくせに、今日の佐助はいつになく深刻な顔をしている。
「俺たち、もう時間がない」
「……佐助。元就が言っていたんだが、小太郎は大切なものをお前に渡したんだってな。何なんだそれは。どこにある?」
「……契約の秘密については喋れないって、前にも言っただろ」
「お前に水をかけて消すって脅したら?」
「うっわ、この人でなし!俺が死んだら小太郎だって死んじゃうんだぜ!」
「このまま放っておいても死ぬんなら同じだろうが」
「……契約は絶対なんだ。わかってくれよ、政宗」
じゃあ、どうしようもないじゃないか。
喉まで出しかけた言葉を、政宗はぐっと飲み込んだ。
本物の悪魔でさえも逆らうことができないだなんて、よっぽど性質の悪い内容に違いない。
一介の帽子屋の倅である政宗に解くことができる契約なのだろうか。そして契約を破ったとして、その時佐助と小太郎は無事なのか。
「俺たちだって辛いんだ」
俺だって辛い。
顔を見合わせて、政宗と佐助はため息をついた。





















―――――



小太郎に腕をひかれ、政宗は新しく作られた出口をくぐる。
港町と王都に繋げていた今までの扉は、元就によって抑えられてしまったのだ。このまま二つの入口を放置していてはすぐに見つかるからと、風呂から出て来た小太郎は佐助と引っ越しの準備を始めた。
「逃げるんだ?」
「戦略的撤退って言ってくれる?」
皮肉を投げてやると、苦々しく笑って流す。契約のせいか、それとも付き合いが長いだけか。この二人は時々同じものを欲しがったり考えたり表情を作ったりする。
ただ小太郎は口元で笑うだけで、佐助のように何かを言い返すことはしなかった。ようやく喋ってくれるようになったと思ったのに、自分の家に帰ればこの男はまたすぐだんまりに戻ってしまったのだ。
何か用事があるのは雰囲気で想像がついたが、結局小太郎は政宗に何かを告げることもなく腕を引っ掴み扉まで連れていくと、新しく紫色に塗った面を下にして取っ手を回す。
扉が開くと、途端芳しい香りが政宗の周囲に広がった。


「……う、わ」


扉の外では、見渡す限りに花が咲き乱れていた。
花の種類なんて政宗は全く知らないが、紫、赤、白、ピンクにオレンジ、純白と、色とりどりに数え切れないほどの花々が湿原に鮮やかな絨毯を広げている。
清らかな水辺、さらさらと流れる小川のおかげでひんやりと涼しい。
足場を探るようにゆっくりと芝草を踏むと、黄色い花の茂みで蜜を吸っていたたくさんの蝶が一斉に飛び立っていく。
後ろを振り返ると政宗たちがくぐった扉は小さな水車小屋のもので、この風景にとてもよく馴染んでいた。
小太郎は掴んでいた政宗の腕を解くと、今度は指と指を絡めて手を繋いできた。花畑で手を繋いで見つめあうなんて、一体どんなおとぎ話だろう。
「……プレゼント」
振り返って、小太郎がそっと口を弓なりに吊り上げる。
頬の一つでも赤らめればさぞかしこの風景に似合うだろうに、と政宗はどこかずれた感想を浮かべていた。綺麗な男なのだ。政宗よりずっと花が似合っている。
「政宗に、見てほしかった」
城の中では貝みたいに閉じたままだったのに、どうして政宗の前でだけ口を開くようになったのだろう。
俯いた顔を隠す前髪の奥で、ガラス玉のような両目が細められている。
小太郎は、たぶん笑おうとしている。
嫌な予感がした。

「……なんで、俺なんだ」

たくさんの花を贈られて無邪気に喜べるような人間じゃないのだ。
小太郎の腕を振り払って、政宗は後ずさる。地面を踏むたびに香る、むせ返るような土と水の匂い。
離れてしまえば、小太郎がどんな顔をしているのかわからない。
「俺、お前のことが好きだよ。お前が何だろうと、何になったとしても」
黒灰色の翼と鱗を持つ、人の片鱗を残した四つ足の怪物。
初めて見た時はもちろん驚いた。けれど小太郎だと思えば、不思議と嫌悪は湧かない。
だからこれからも上手くやっていけるだろう。
友人だと思っているのだ。小太郎のことを、放っておけない大切な。

「でも、俺じゃ駄目なんだよ」

友人以外になってはいけないのだ。
小太郎より小さい体も、細い腕も、滑らかな肌も高い声もすべて本当の政宗のものじゃない。
政宗が女だったら、もしかしたら魔法のキスで呪いを解くことができたかもしれなかったが、政宗は男で。
掃除や洗濯くらいしかできない、美人でもない右の顔がぐしゃぐしゃに潰れたただの帽子屋の長男なのだから。



どうやったっておとぎ話のお姫様にはなれないのだから。




















―――――



「お前!絶対わざとやってるだろ!」
敵だか味方だか分からない軍艦から、黒いゴムのような人形がポンポンと跳ね出てきて政宗と小太郎を指さす。
キィキィと鳴いているそれの意味など、政宗にはさっぱりわからなかったが良い意味でないことだけは確信があった。
相性が悪いのだ、ああいうのとは。
小太郎が悪戯なんてしなければ見つかることもなかっただろうに。
もう何度目かもわからない、いつものように小太郎に腕を引っ張られて政宗は走る。ざかざかと大きな音を立てて、二人の足元で花が散っていった。
「走れ!足を動かせ!」
「うっせえ!テメエはもう少しモノを考えてから行動しろ!」
小太郎の爪は鋭く伸び、腕や手の甲からは無数の棘が飛び出ていた。肌が浅黒くなり、背中から羽が生える。ふかふかの体毛が気持ちよさそうだという現実逃避をする暇はない。
追ってくる黒いゴム人形。
手に手を取って逃げる政宗と小太郎。

空中を歩くのは、これで二度目だ。

歩くといっても、羽の生えたゴム人形から必死で逃げているから優雅でも何でもなかったが。
両手首を上から引っ掴み、政宗をぶら下げて空を飛ぶ小太郎の顔は楽しそうだった。
これ以上化け物に近付かないように、人間やめなくてすむように政宗たちがこれだけ心配しているというのに、どうして当の本人は平気な顔して笑っていられるのか。
「大馬鹿野郎だ、お前は!」
返事の代わり、勢いをつけて水車小屋へと放り投げられる。
ひとりでに開いた扉に飲み込まれる瞬間、政宗は首をひねって小太郎を仰ぎ見た。

逆光で黒く塗りつぶされた彼の姿は、すでにヒトの形をしていなかった。



だから、何で笑っていられるんだ。










クッションを山と積んだベッドに横たわって、分厚い本をめくっていた半兵衛はふと城の扉に目を動かす。
幸村と新しい新居を探検していたいつきは、扉から聞こえてきた盛大な音にびっくりして階段を降りてきた。
「お帰り、政宗君」
「一体どうしたべ?」
城に文字通り投げ込まれ、盛大に腰を打った政宗はしばらくその激痛に突っ伏したまま動けないようだった。
わなわなと怒りに震える腕で拳を作り、親指を下にし想像で小太郎の首を掻っ切る。
腰が痛くて立てなかったらどうするんだあの野郎。
「……Goddamn!ああ上等だ、こんな家出てってやるぁ!」
半兵衛といつきは顔を合わせると、わけが分からないというように揃って肩をすくめた。




















―――――



夜も遅いというのに、遠くで鐘とサイレンの鳴る音が聞こえた。
「空襲警報だね」
「空襲?」
枕にぐったりともたれかかって、半兵衛が気だるそうに呟く。
もともと体が弱いのか、この城に来てからというもの彼はベッドか車椅子の上から離れるとすぐに倒れてしまうのだ。
「この街じゃない。けれど、今夜は外に出ない方がいいと思うよ。そこらじゅうで元就君の手先がこの家を探し回っている」
半兵衛の言葉を聞いて、外を窺っていた政宗はカーテンをぴしゃりと閉じた。あのゴム人間と目を合わすのはごめんである。
「よくわかるな、そんなこと」
「僕は、泣く子も黙る荒地の魔法使いだよ?これくらい魔力を使うまでもない」
「ふぅん?」
頷きはしたものの、あまり納得していない風の政宗にくすりと笑って半兵衛は暖炉の炎に目を細めた。
暖炉の中には佐助がいる。
「いい火だね……よくこの家を隠している」
僕と秀吉には敵わないけどさ。
遠い昔を懐かしみ、自慢げに語るその目は優しい光を浮かべていた。
半兵衛はほんの時々、昔を、秀吉の話をするときだけこんなに綺麗な顔を見せる。
「……お前は、なんで契約なんてしたんだ」
以前のように、君には関係ないと拒絶されるかも知れないと思ったが。今夜は違ったらしい。
ふ、と小さく彼の唇が弓を描く。
「一目惚れしたからさ」
「一目惚れって……」
「おかしいかい?誰かを想う事に性別なんて関係ないじゃないか」
同意を求められて、政宗は気まずそうに顔を歪めた。
確かに関係はないが、それこそが一番の問題なのだ。
「秀吉は、本当に大きな人だったよ。流れ星よりもずっと綺麗にきらきらと光っていて、誰もが彼の眩しさに跪いた。従わずにはいられなかった。彼は生まれながらの王様だったのさ。我が物顔でこの国の玉座に座っているあの一族よりも、ずっと」
「……」
「契約を結ぶことに躊躇いはなかった。今でも間違いとは思っていないよ」
緩く弧を描く半兵衛の笑みは、自嘲ではない。彼は本当に契約を過ちとは思わず、秀吉を誇りに思っているのだろう。
そこまで自信を持てる何かを、政宗は未だ持っていない。
だから、植物園で半兵衛を見捨てられなかったのかもしれなかった。魔力を失っても、満足に身体を動かすことができなくても、政宗が持っていない何かを彼は確かに手にしている。
「全ては僕の弱さだ……僕がもっと強ければ、秀吉にあんな負担を負わせることはなかった……」
「……半兵衛」
「それだけだよ」
心底疲れ切った風情で、半兵衛は目を閉じる。今の彼には、会話を続けることさえ負担だった。
最後にと呟く、独り言のように小さな声がなぜだか政宗の胸に強く残った。


「もう一度彼と会えるなら、僕は何だってするのに」




















―――――



暖炉の前でカブ頭の案山子のために新しいネクタイを繕っていたら、店の外で幸村と遊んでいたいつきが慌てた顔で飛び込んできた。
「政宗、やくざが来た!」
「出入りか!?」
返り討ちにしてくれるわ!
きらりと裁縫用の針を物騒に光らせ、政宗は顔を輝かせながら椅子を蹴っ飛ばし店の扉を蹴っ飛ばす。
表にいたのは、なるほど、いかにもカタギをやめてン十年経ってそうな黒服強面の男である。背も高い。頬を走る刀傷なんて特に……って、あれ、あの顔どっかで見たことあるんですけど。
ばちり、と男と目が合って政宗は茫然と呟いた。

「こじゅうろ……?」
「政宗様……!」

まじまじと見つめあい、ぐ、と小十郎の顔が感動に歪む。
そのまま両手を拡げて政宗に飛びつくかと思いきや、スライディングから鮮やかに土下座を決めて見せた。
「申し訳ありません!申し訳ありません政宗様!」
「ちょっ、やめろよ小十郎恥ずかしい………」
「お探しできなくて申し訳ありませんでしたァァッ!!」
土下座してまで謝られる理由を政宗は持っていない。むしろ、無断で店を出た自分の方が頭を下げる側だと思っていたのに。
勘弁してくれ止めてくれと願いながら後ろを振り返ると、思った通りいつきが困惑顔で思い切り距離を退いている。怖いのは政宗もよく分かる。


どれだけ言っても小十郎が顔を上げないので、殴ってやめさせた。
政宗様らしいと、なぜか小十郎は笑ってくれた。




















―――――



大通りには、荷物を背負ったり馬車に積んで街の外へ出る者が多く列をなしていた。
戦争の被害を避けるため、住人たちが田舎へ逃げていくのだ。
「みんな逃げだしたら、街中空っぽになっちまうな」
「……政宗も行きたいんか?」
「どうした、いきなり」
「さっきの人が、そう言ってた」
「ああ……」
政宗がいなくなった帽子屋を引き払った後不動産もやっている実家を手伝っている小十郎は、自分と一緒に来ないかと、決して不自由はさせないからと何度も政宗を誘ってくれたのだ。
「……そうだな。小十郎と、また会えてよかった」
政宗が女になっていることにひどく驚いていたが、それでも彼は一目で政宗だと気づいてくれた。
それだけで、今まで生きてきた自分が肯定された気がして嬉しかった。小さい頃からずっと一緒だった。まるで片割れのような彼と、一瞬でも離れたことが間違いだと思えるほどに。
「政宗、行っちゃ嫌だ!」
ぎゅ、といつきにしがみ付かれて政宗は左目を見開く。
「おら、政宗が好きだ!ずっとここにいてほしいだよ!」
小さな体で精いっぱいに政宗を引き留めようとする姿がひどく愛らしい。
そっと背中に手をまわし、優しく抱きしめるとその温もりに口元を綻ばせた。
「……大丈夫、俺はここにいるよ」
「本当?」
「ああ」
目的を果たすまでは、ここを離れるわけにはいかない。
そう、政宗に掛けられた呪いを解いてもらうまでは。それまでなら一緒にいられる。


「おらたち、家族?」


だから、きらきらと期待に瞳を輝かせて見上げるいつきに政宗は何も言い返さず、ぎゅっと愛情をこめて抱きしめ返しただけだった。




















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その病的に白い腕を伸ばして、半兵衛は小十郎が置き忘れていった鞄に手を伸ばす。
意外に早い動作で飛び出て来た細長い生き物を掴んで引きずりだすと、くすりと笑った。
「のぞき虫か。元就君も古い手を使うね」
そしてうねうねと動いているそれを、暖炉の中に放り込んでしまった。
「燃やしてくれたまえ」
「あーん……ってうわ、まずっ!ちょっと何これ、苦くて渋みがあり過ぎるんですけど!」
反射でのぞき虫をぱくりと食べてしまった佐助は、何度も火を吐いて半兵衛に文句をぶつけたが、当たり前のように荒地の魔法使いは聞いちゃいなかった。
「政宗君の縁者なら、魔法使い除けのまじないも効かないと踏んだのだろうが……」
一人で呟きながら、鞄の中身をひっくり返す。彼はまだまだ全てを諦めていない。

「元就君。君の思う通りにはさせないよ」