言うのも面倒だし写真を見せて惚れられても困るので佐助には教えていなかったが、実の話小太郎と政はきちんと式を挙げている。地中海に面した小さな港町にある小さな教会で二人っきりの結婚式をした。二人とも結構ロマンチストなのだ。
小さな町にふさわしい、古いけれど手入れの行き届いた温かみを感じる小さな教会だった。見下ろせば陽光を浴びた青い海、見上げればどこまでも広がる青い空にふわふわと浮かぶ白い雲。そして色彩豊かなたくさんの花に囲まれた、純白のウェディングドレス姿の政は、小太郎の目にはキラキラと輝いて見えて女神のようだった。女神以上の美しさだ。こんなに純白が似合うのは政以外には米くらいだろう。呆けたように見惚れていたら、政は恥ずかしそうにうっすらと頬を染めて、小太郎に微笑みかける。


ここは天国か。
幸せすぎて泣くかと思った。


二人が夫婦となって初めての夜、ホテルの高い天井と広い間取りは過ごしやすかったが、ここは寒い、と政はシーツを柔らかな胸の前で掻き合わせる。
恥ずかしそうにに頬を染め、俯きながらもそっと小太郎を上目遣いで見上げながら躊躇いがちに口を開いて。
緊張に震えた、消え入りそうな小さな声で政の方から誘ってくれた。



「……あたためてくれないか?」



幸せすぎて泣くかと思った(二回目)
もちろん美味しく頂いた。もとい、二人で芯まで温めあった。
他でもない政のためなら、何でも叶えてやりたいし支えてあげたいし護ってあげたかった。





その思いは、今でも変わっていない。







真っ赤な顔して体を縮めながら、落ちつかなげに膝を擦り合わせている政も相変わらず文句なしに人騒がせなほどの愛らしさである。
口にするにも恥ずかしい、なんて浅ましい自分勝手な願い、けれど言わねば欲しいものは手に入らない。羞恥と欲望の挟間に揺れた、そんな葛藤が滲み出ているような潤んだ左目。

「……貫いてくれないか?」

ああ、と小太郎は天を仰いだ。
ここが18禁サイトだったら即行押し倒して小太郎なしには立てないほど奥深くまで貫いてあげるところだったが、生憎ここは健全サイトだった。
無言で腕を伸ばすと、政の手から針と糸を受け取り糸の先っぽをちろっと舐めて針の穴にするっと貫いてあげる。
おお、と政が左目を丸くして尊敬の眼差しを小太郎に向けた。
炊事洗濯掃除に家計簿、政はそれらを水準以上にこなしてみせる主婦の鑑だったが裁縫だけは苦手なのだ。
片目のせいかは知らないが、針に糸を通すことすら苦労してしまう。逆に、両目を隠している癖小太郎はこういった細かい作業は得意だった。だから針仕事は、家事を全部任せっきりで嫁さんがいなけりゃ靴下もパンツの場所も分からない旦那さんの数少ない担当の一つである。ちなみに、数少ないもう一つはごみ出しだ。「出しといて」と言われて初めて今日が燃えるごみの日だったことを思い出す。
結婚する前は一人暮らしをしていたんだし、家事ができないわけではないのだが小太郎は壊滅的に面倒くさがりなのだ。
しょうがねえなあと呆れながらも、その度政が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが嬉しいので改める気は全然ない。
確信犯とも言う。
まぁ普段迷惑をかけてる自覚がある分、時には財布以外に役に立たなくちゃなあと思うこともあるのだ。
小太郎は裁縫箱から針刺しを取り出すと、バンドで手首に巻きつけた。ふわふわの綿を縮緬で包んだ愛らしいデザインで、カラフルなまち針が無造作にぶすぶす突き刺さっている。まさか小太郎専用になるとは思わなかったが。
先程糸を通した針をそれに刺して装備完了。無言で手を差し出すと、心得たもので、はい、と繕いものを手渡された。
ボタンが外れかけているものや、裾のほつれたもの。雑巾予備軍。ざっと見渡した限り、どれもすぐに終わりそうである。仕事をしやすいようソファに座りなおして、小太郎はさっそく針を通す。
すいすいと布地を渡っていくその動きは滑らかで危うげがない。
ほう、とため息が聞こえて小太郎は横を振り向いた。ちまちまと針仕事をしている旦那を、うっとりとした顔で嫁が見ている。
抱えた膝の上に両手を乗せて、ちょこんと顎を乗せているのがまた可愛らしい。
視線が合うと、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「……」
「あ、気にしないで続けて」
単なる針仕事のどこにうっとりする要素があるのか、聞きたいことはあったがどうせ言葉になんかしないのだ。


ちくちくと繕い物をするだけの、静かな時間がしばらく続く。


静かで穏やかで、少しくすぐったい。ぬるま湯の様に退屈な時間。
これも、幸せの一種なのだろうと小太郎は思う。
(たまには、こういう時間もいいか)
映画やドラマのように、特別な刺激がなくても人は生きていけるのだ。
小太郎の動きの邪魔にならないよう、少しだけ距離を置いて政はじっと小太郎の動きを見守っている。
「……」
うっとりとした顔で、じーっと見つめている。

「…………」
器用に針を動かす小太郎の横顔を、熱い視線でじーっと見つめている。


「………………」
少し見過ぎじゃないだろうか。
見ていて蕩けそうなほど、愛情に満ちた視線で政はじぃーっと見つめている。



「……………………!」
とにかくじぃいいーっと見ている。
冷や汗を通り越して脂汗をかきだした旦那にも構わず、というかそれすらも愛しいと言わんばかりのきらきらと曇りのない視線でじぃぃいいいいぃーっと……!







ぶすっ







針が指に刺さった。

「――――っ!」
「ちょ、大丈夫か小太郎!?」
鋭い痛みに、無言の悲鳴。
こんな時でも声を出さない旦那の指先から、血がぴゅーっと勢いよく流れ出した。
「酷い血が出てるじゃないか!」
慌てた政が、ばたばたと暴れる小太郎の手をぎゅっと握りしめる。
そのまま引き寄せて、ぱくっと咥えようとしたものだからたまらない。政が小太郎を咥えて濡れた舌で舐めて吸いついて気遣わしげな上目遣いでこちらを窺うのである。たまったもんじゃない。
大惨事になる前に急いで政の手を振りほどくと、しゅばっと隣の寝室まで逃げてバタン!とドアを閉めた。
猫に追っかけられたネズミよりも素早い動きである。
次いでがちゃ、と鍵のかかる音。

「え、なに、それ」

政が唖然としていると、すぐに小太郎は鍵を開けて出てきた。
腕には針刺しを巻きつけたままだ。
そして無言で政の前を横切り、ソファに置きっぱなしの繕いものを拾い集めるとまた無言で寝室に戻っていった。


「……だから何なんだそれは」


政としては、ごく単純に小太郎の特技に憧れてみたり怪我を心配しただけなので他意はない。ないったらない。
旦那の奇行にしばらく茫然としていたが、裁縫に夢中になってる姿が可愛かったなとか真っ赤になって慌てた顔が可愛かったなとか考えながら、夕飯の準備をするために政もリビングを後にした。
どうせ夕飯の時間になったらまた何食わぬ顔して出てくるのだし、なにせ、旦那の奇行はいつものことなので。


(そしてそんな旦那を、嫁は愛しちゃっているのである)










08.1/23
こた伊達で針ネタをやりたかっただけ。
おもにワンピとDODにごめんなさいしたい。ごめんなさい。