青いビニールから飛び出て錆びた金網に手を掛けて空を見上げれば、太陽を隠すように雲ばかり浮いていて快晴とはとても言いがたかった。
見下ろせばまばらに人の影、全員やる気がなさそうに見えるのは偏見だけではあるまい。授業を告げる鐘が鳴るまであと数分。憂鬱以外の何になれというのか。
それでも幸せと言い切ろうじゃないか。
ねえ、と佐助がけらけら笑えば気味が悪いと政宗が顔を顰めた。
青春プレリュード
「あ、真田の旦那発見」
「really?どこだ」
「ほら、渡り廊下んとこ」
「A-ha. ありゃすぐに見つかるな」
きょろきょろと忙しげに周囲を見回す真田の後姿。真面目な性格のため、授業が行なわれている時間彼が教室の外にいることは非常に珍しい。
いつ屋上に気付くかと眺めていたら、予想通り教材を抱えた教師(しかもよりによって武田の大将だ)にきらりと目を付けられて隙だらけだったその身体を早速怒号とともに殴り飛ばされていた。
馬鹿長い廊下の出口まで吹き飛ばされ、戸口に激突したと思ったのも束の間。ばっと音を立てて勢いよく起き上がるとそのだみ声を響かせながら真田は勇ましく武田へ突っ込んでいく。拳を突き出してそれに応える歴史教師。
「幸村っ!」
ばきいっ。
「うぉ館さむぅああああああ!!」
どすっ。
「幸村あっ!」
みしっ。
「おおおお館さぶぁああああああああ!!」
ばんばんばん。以下略。
授業はとっくに始まっているというに。
「……あーあ。よくやるよ、全く」
既に学園の名物となっている愛の殴り合いを見下ろし、佐助は付き合ってられないと首を振った。
「毎度毎度飽きないもんだねえ」
「アレが始まるの知ってたら、サボる必要なかったな」
「長いからね、一旦始まると」
実際、長いのだ。下手をすれば授業が丸々潰れてしまうこともあったりする。しかも休み時間から部活の合間まで時間と場所を選ばない。
政宗以上に彼らと付き合いが長い佐助には、いい加減見飽きた光景でもある。
「でも、嫌いじゃないんだろ」
からかいを含んだ声に、佐助は何も言わず大仰に肩を竦めただけで応えた。
一際大きな音が屋上までに響いて、視線を戻せばいつものように武田が幸村を地面に沈めたところで殴り合いは終わっていた。そのまま幸村の襟首を引っ掴んでずるずると教室へ連れて行く姿を、二人は両手を合わせて静かに見送った。合掌。
自分達も見つかっては敵わないと、フェンスから離れ砂だらけのコンクリートに腰を下ろす。
「真田が授業サボるなんて珍しいな。お前のこと探してたんじゃねえの?」
「どうかな。どっちにしろ途中で忘れて殴りあい始めるくらいだから、大した用でもないんじゃない?」
「ま、アイツらしいっちゃらしい」
「……惚れちゃ駄目よ?」
あんまり優しい顔で言うもんだから、からかうように返してその実しっかりと釘を打つ。は、と鼻で笑う声が隣から聞こえてきた。愛されることに慣れていない彼は、きっと幸村が彼に向ける感情の正体なんて見当もついてないんだろう。
「何。お前真田のことが好きなの?」
「いやまあ好きといえば好きだけどね。でも伊達ちゃんのほうがもっと好き」
「嘘つけ」
「知ってるくせに」
じーっと一つしかない目を見つめると、不貞腐れたように視線を外される。その目尻がほんのりと紅い。
「真田の旦那には感謝してるけど、でも伊達ちゃんだけは絶対譲らない」
だからずっと一緒にいてね?なんて耳元で甘く囁いたら心底呆れたという風なため息が帰ってきた。
「恥ずかしい奴……」
「もー、伊達ちゃんてば照れちゃってかーわいーい」
「……てっ、照れてなんかねーよ!馬鹿!」
ぷに、と頬を突付いた手を政宗が音を立てて叩き落す。そのうろたえた顔が耳まで真っ赤に染まっているものだから、やっぱり可愛いじゃないかと佐助は目を細めて笑った。
(幸せってのは、案外近くに落ちているもんだ)
そんな昼下がりの話。
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