悪魔→政宗(女王様)・光秀(生首)・小太郎(佐助が好きじゃない)
天使→幸村(殺戮専門)・佐助(幸村の腹心)
政宗の趣味は貿易。欲しいものがあれば人間とも天使とも取引をする愉快犯
幸村は異端者の殺戮を認められた、最も神に愛されている最も邪悪な戦闘天使
政宗と幸村は一度剣を交えたときに何か感じたものがあるらしくお互い惚れている
時々政宗の商売用ネットワークを幸村が頼って仕事を依頼している
佐助はそれがあんまり好きじゃない
その設定でもいいよ、って方のみスクロールお願いします。
魔界の北に構えている政宗の城。彼の玉座が置かれている場所は、今日はさながら千夜一夜物語の盗賊の洞窟の如く、雑然とした秩序によって飾り立てられていた。冷たい石畳は座り心地を良くするため全てを最高級のペルシャ織りの絨毯で覆い隠されており、きらびやかに輝く、贅を凝らした黄金が無造作に真紅の色の上にばら撒かれている。いつも佐助が見ている、趣味の悪い部屋だ。薄暗い照明の癖して、真紅の絨毯と仄かな光を反射して色とりどりに光る宝石や金貨の山が、質素を美徳とする彼には目に痛くて仕方がない。 ただ広い居間に、純白のクロスがかけられた長いテーブルが中央に置かれているのがいつもと違うところだった。テーブルの上には、かぼちゃのクッキー、かぼちゃのタルト、かぼちゃのマフィン、かぼちゃのプティング、かぼちゃのケーキ、かぼちゃのパイ。要するにかぼちゃを使った洋菓子が所狭しと並べられていて、その間を縫うようにジャック・オー・ランタンが嫌味な笑みを浮かべて周囲を橙色に染めている。かぼちゃの化け物は、テーブルの上だけでなく周囲にうず高く積まれた宝の山の間にも数を数え切れないほどにたくさん、全て場違いな佐助を嘲笑っているようでどうにもぞっとしない。 これは一体何の嫌がらせか。佐助は目の前に座っている(といっても、いやに長ったらしいテーブルのおかげで随分遠くに見える)政宗を見やるが、この城の主は当たり前のように周囲のかぼちゃ畑を気にしていない。純銀のナイフとフォークを優雅に扱って、純銀の皿に盛り付けられたかぼちゃのケーキを純銀の皿の上に乗った光秀の口に運ぶ。青白い唇が薄く開き、ちろりと伸びた紫色の舌がケーキを絡めて咀嚼する。首から下の身体を持っていない癖、どうして未だに食への欲求を棄てようとしないのか。佐助は知らないし知りたくもなかった。ハロウィンに相応しい悪趣味な茶番だ。佐助はこんな茶番に付き合うため、遥か天界からこんな地下深くまで遊びに来たわけではない。 「いつもアンタにべったりの右目はどうしたのさ」 「今日は休み。どっかで夢魔と遊んでんじゃねえ?」 「うっわ、いいの?そんなんで」 「構わねえだろ。アイツも渋ってたけど、こんな日くらい羽を伸ばさせねえとな」 「なら、アンタも休めばよかったのに」 「お前が来なかったら、そうしてたさ」 隠していない左目を細めて、政宗が佐助に微笑みかける。ジャック・オー・ランタンのように、あくまで人を食ったような笑みだ。 「お前も食えよ。別に、食ったからってペルセポネになるわけじゃない」 「悪いけど、俺様甘いのは嫌いなの」 「へえ?旦那サマとは大違いだな」 「本当に、今日は連れてこなくて良かったと思うよ。食べつくすまで帰ろうとしないに決まってるもん」 「可愛いじゃないか」 「そうかな。で、どうなの?」 単刀直入に切り込むと、政宗はナイフを動かす手を止めすらりとした指をおとがいに伸ばし、しばし思案する振りをする。テーブルから落としたままの羊皮紙を拾い、内容をもう一度読み上げながら声を上げて笑う。 「さすが、空の上でふんぞり返ってるど偉いあの御方に愛されてるだけはある。よくもまあこれだけ堂々と書き連ねることが出来たもんだ。毎回敵に塩を送らされてる気がするよ、俺は」 「実際、送ってるじゃん」 「ま、そうなんだけどな。オーケイ、七日以内に揃えとく」 「……いいの?」 想像していたより、随分とあっさりした答えだった。佐助の上司の要求は、政宗が言うようにかなり図々しく難しいものばかりを要求したものだ。少なくとも半月はかかると見積もっていた。 「無理しなくってもいんじゃない?」 「ha!俺を何だと思ってる。俺たち悪魔にとって傲慢が美徳とされる理由はな」 ニヤリと、謙遜を知らない顔で大きく口を歪めて笑う。 「それに見合う実力が常に要求されるからなんだぜ?」 「それでなければ、死んでしまうだけですからね」 戦に負けて身体を焼き尽くされた悪魔が、ちろりと舌をちらつかせて哂う。 笑うには少し面白くないので、肩を竦めるだけで終わらせる。 「で、食っていかねえの」 「いかなーい」 「つまんねえ奴」 差し出されたかぼちゃのクッキーを鄭重に断りながら、更に二言三言と商談を進めていく。佐助は幸村の有能な副官で、政宗は有能な商人だった。何度となく繰返された形式でもある。 座り心地だけは素晴らしい椅子から立ち上がる佐助を制し、政宗が呼び止める。 「途中まで送らせる」 「いいよ、道もう覚えたし」 「今日は特別なんだよ。普段死んだ振りしてる下級悪魔やただの怠け者も活発に動く日だからな。雑魚が近づかないよう空間を弄ってんだ。迷ったら、お前じゃ生きて帰れねえ」 面白くない話だった。 一刻も早く彼らと別れ、悪魔の穢れから身を遠ざけたかったが魔界については政宗の方に一日の長がある。政宗の力なら、空間を捻じ曲げることなど造作もないだろう。佐助と政宗の力の差は歴然としているので否定しようがない。魔界に下りたとき、いつもとは違う空気の濃さに辟易したのも事実だ。 今日は、なんと嫌な日なのか。黄泉の者は大人しく定められた場所でただ審判の日を待っていればいいものを。 「だから、送らせる」 絵になるような優雅さで、そうすることが自然であると思えるように自然な動き。軽い音を立てて指を鳴らすと、広い空間の片隅、ジャック・オー・ランタンの微かな光では届かなかった暗闇から一人の男が姿を現す。 橙色に染まった髪、細く引き締まった身体、隙のない足運び。 鏡を見た時のように、誰かを思い出させて佐助は盛大に眉を顰めた。それを見た政宗が面白そうに笑う。 「似てるだろ。小太郎っていうんだ」 「……どうしたの、これ」 「拾ったんだよ。戦場に捨てられてるのを見つけたんだが、あまりにもお前に似てるもんで面白いからついな」 機嫌よく笑う政宗の手を取り、跪いた小太郎は恭しく彼の手に口づけを落す。服従の証。姿が似ている分、嫌なものを見せ付けられた気分だった。 「コイツに送らせる。仲良くしてやってくれ」 立ち上がった小太郎と、佐助は目を合わせる。といっても、小太郎は長い前髪で顔の半ばを覆い、黒布で両の目を隠しているので彼の目を見ることは叶わなかったが。 ちりん、と場違いに涼やかな音を立てて、鎖が揺れる。 小太郎の首に巻きついた黒革の首輪から、純銀の鎖が伸びて揺れていた。 銀白色の生首が、無音で哂いながら二人を見下ろしている。 ジャック・オー・ランタンをランプに使い、先導する小太郎の後ろを佐助は無言でついていく。 何度も通ってきたはずの政宗の城は、今日ばかりは見慣れた無機質な石の壁ではなく、千夜一夜物語の盗賊の洞窟の如く、岩をくり貫いた自然の道を思わせる。かと思えばそこは何百年も人の手が入っていない樹海の只中であり、険しい山道、時にはコンクリートのトンネルにも見えた。安定しない空間の中、ぐねぐねと曲がりくねり、幾重にも分かれた枝道を小太郎は目が見えないにも拘らず迷いなく進んでいく。両目を光に曝している佐助のほうが、よほどふらふらとしていて置いていかれそうだった。 「ちょっと、待って」 周囲に気を取られていた所為で背中を見失いそうになり、慌てて声をかける。ジャック・オー・ランタンの橙色の光をぼんやりと灯したまま、小太郎は数歩歩いてから漸く足を止めた。振り向いた彼の顔には、何の表情も見えない。 声をかけようとして、結局何と言えばいいのか分からず口を噤む。 他愛ない話なら佐助は得意中の得意だった。しかし佐助は悪魔が好きじゃなかったし、小太郎は黙したまま決して語ろうとせず、きつく引き締めた口を開こうとしない。 黒革の首輪に隠れて、声帯がある辺りが醜く爛れていることを見つけて佐助は一瞬言葉に詰まった。 「……声、出ないの」 「…………」 ふ、と、息が吐き出される。返事はそれだけだった。微かに動いた口元は肯定にも否定にも見えたし、単に息を吐いただけにも見える。 訊ねる前に彼はきびすを返し、また歩き始めてしまったので答えを知ることは出来なかったが。ゆらゆらと陽炎のように揺らめく秩序のない道。無秩序な混沌がこの世界の規則を為していて、だから魔界は嫌なのだと佐助は一人呟く。誰の目にもわかる秩序と規則で正しく統治された天界を、行き苦しいと思うこともあるが今はただ懐かしく思う。どれが正解なのか間違いなのか、ややこしく考える必要もない。 橙色の光でぼんやりと暗闇を照らす、佐助とよく似た背中だけが今のこの世界で信じることが出来るものだった。 声を発さない感情を表さない盲目の男。 首から下を失った哀れな敗者。 失くした右目を名乗り、彼に仕えることを喜びとする狂信者。 そして、天使でありながら最も穢れた戦闘天使として同胞の敬意と嫌悪を一心に背負った佐助の主。 おかしなものばかり、彼は集めている。愛している。 宝の山に埋もれたまま自分にないものばかり求めようとする、右目ががらんどうなあの嘘のように綺麗な悪魔。 (哀れ、だと思っているんだろうか。俺は) 自分だって完璧な存在とは程遠いくせに。 面白いから、少し笑った。 城の出口に着いたのは、それからもう少し後のことだ。 暗く閉ざされた暗雲、澱んだ空気。天界の清浄な空気とは程遠い。 佐助はばさりと白い翼を広げると、羽を一枚引き抜いて後ろに佇む小太郎に手渡した。 「これ、アンタのご主人様に。今日のお礼って言っといてくれる?」 訳がわからないと、無言のままの小太郎にそっと笑いかけた。 「主のご加護が、なんて必要ないかもしれないけど」 「貴方たちが幸せになれますように。幸福が訪れますように」 天使の羽根は、純白にうっすらと輝き燐光を放っている。 それは穏やかで、暖かな気配となって触れた小太郎の手を柔らかく包んでいる。 あまりの禍々しさに吐き気がした。 (何も、知らないくせに) 翼を羽ばたかせ、遠くへ消えていく自分と似た背中に吐き捨てて小太郎は手の中の羽根を握りつぶす。 「勿体ない」 そっと囁きながら、後ろから伸びてくる腕に身体を委ねる。頬をなぞる愛しさに満ちた指に甘えて、小太郎は政宗の身体を抱きしめる。 ジャック・オー・ランタンの明かりが消え、暗闇に満ちた空間で小太郎の赤毛をゆっくり撫でながら、政宗は地面に落ちた、握りつぶされ光を失った羽根を無言で見詰める。 最期にと、もう一度呟いた。 「勿体ない」 (相容れないものだねえ、俺たちも) |
06.10/31