政宗→なんか偉そうな悪魔(傲慢女王様)
元親→なんか偉そうな悪魔その2(強欲兄貴)
小十郎→やっぱり右目
小太郎→女王様のペット兼愛人
その設定でもいいよ、って方のみスクロールお願いします。
魔界の北に住まう政宗は、己の住まいとして7つの城を建てている。 魔界を代表する大公の一人として、また粋を好む彼の嗜好としてその城は金の城、銀の城、黒鋼の城と、それぞれ贅をこらし趣向を変えたものだ。政宗はその時の気まぐれによって7つの城を渡り歩き、客人を迎え、貴婦人方に愛を囁き、そして彼に背を向けた咎人たちをその目の前から断頭台に送っていく。 以前に元親が政宗と深海祭祀書について語り合ったのは、水晶の城だった。 奥深い地の底にある魔界である。青く霞んだ水晶は陽の光を反射することもなく、無機物の美しさで政宗の城を覆い、飾り立てていた。水晶でできた木々には風に揺れる枝葉がない。どこまでも静かに城を囲い込み、森をなし、訪れる者たちを迷いこませる。衰えさせる。森の中には道がなく、無事に進んでいく手がかりもない。地上にある森なら野生の獣たちが作った複雑な迷路によって微かな希望を得るだろうが、この森には政宗が戯れに放った孔雀しかいないのだ。水晶の粒を啄ばむこの鳥の細い首には赤いルビーの首飾りが結ばれていて、所有者の趣味の悪さを元親は思ったものだ。 きつく結ばれた赤いリボンは、まるで鋭利な切り口のように見える。 そう、ちょうど、断頭台の刃が振り下ろされた時にできた傷口のような真っ赤な痕。 ガラスの蔦で巻きついた青いバラを剪定する、無機質なあの城の主に最もそぐわない色。 自分が気に入るまでどこまでも手を入れていく、傲慢で己の拘りに妥協のないこの男のこと。元親が考えたことを気付かなかったはずがないだろうに。 それとも、その違和感を好ましいというのだろうか? 「長曾我部殿、困ります。政宗様の準備が整うまでお待ちくださいと言ったはずですが」 「ああ?それで、今度は何ヶ月待たせる気だよ?何度も同じ手を食うかってんだ」 勝手知ったるようにどんどん先へ進んでいく元親の三歩後ろを、小十郎が背筋を伸ばして付いていく。 公私にわたって政宗の傍に控え、補佐をしているこの男は竜の右目との名が高いが、この通り名が真実その通りだということは政宗と同等の者か、年長く生きてきたものしか知らない。知っているからといって意味もない。元親に同族と争う気はないのだから。 小十郎が、一度決めたことは頑として譲らないことを知っていれば十分だ。政宗を何よりも絶対としていることも。 勝手知ったる、といっても元親がこの城に訪れるのは初めてのことだった。ただこの城を覆う政宗の魔力が一際強い場を目指して歩いているだけである。会うのが嫌なら、政宗はその魔力すら全て抑えて元親の前から綺麗に消え去ってしまうだろう。門をくぐらせることもしないのだ。延々と長く続く星の光色の廊下を元親は早足で歩く。僅か数分の出来事にも既に何時間も歩き続けているような不思議な錯覚があるが、元親は一笑に伏せるだけだ。特別な理由なんてない、どうせ忘れたとか勝手にすればいいとかその程度にしかあの男は考えていないのだ。困る、と声でこそ批難しているものの、小十郎が本気で元親の歩みを止めないことが何よりの証拠だった。 目の前に塞がる存在感ばかり重厚な扉。備え付けられたノッカーは混じり気のない純金でできていた。 引け目は感じない。同じようなものなら元親の城にいくらでもある。 魔界を率いる大公の一人として、これ以上に素晴らしい至宝をいくらでも。 「俺は止めましたからね」 元親から三歩距離をとり、気のない小十郎の声。それは不意の客人にかけたものなのか、唯一の主に対する弁明なのか。 特別な感慨もなく、元親は扉を開いた。 迸る光と轟音。 その音は人の耳が拾うには音域が広く、目で追うには一瞬過ぎて捉えることもできなかった。 ただの人ならば、何が起こったのかを知ることもなくその思考を途切れさせただろう。どこかの国の神が振り下ろす雷の槌のように、一方的な断罪の力。 しかしこの場は神の威光も届かない地底の底で、誰もがただの人ではない。 下級の悪魔や天使なら目にしただけで灼き尽くされたであろう収束された一撃を、元親はこともなげに振り払う。赤橙色の髪をした男は飛び退き元親から離れると、再び刀を構えた。たかが中級悪魔の抵抗、西海の王を前に無駄な足掻きであるが、その珍しい顔にひゅうと口笛を吹く。彼の後ろには、皮肉ぽくて、陰険で、ほんの僅か侮蔑を混じえた独特の嗤い方をした政宗が悠然とそこに存在している。軽やかな滑り口で元親を咎めてすら見せた。 「Knockもなしに寝室に飛び込んでくるたあ、お行儀の悪いお客さんだなあ?」 「家主のもてなし方が悪ぃんだよ。茶の一杯も出さずに延々待たせやがって」 「Ha、そいつは悪かったな。まだいるとは思わなかったんだよ」 こいつ、やっぱり忘れてやがったな。 怒りを通り越して呆れてしまう。身体を起こしてこそいるものの、彼は未だ銀ねずのシーツにその雪花石膏の素肌をくるませて快楽の余韻に思いを馳せたままだ。滑らかな喉にある真紅の痕は、目の前の僕に付けさせたものだろう。ベッドに両足を投げ出したままの主とは違い、装飾を施した足甲から黒革の手袋の先まで、彼の衣装には一部の隙もなかったけれど。 小太郎、と、猫を撫でるように甘ったるい声で政宗が男を呼ぶ。言葉が届くと同時、ちりん、と涼やかな音を立てて小太郎は武器を下ろした。元親のことなど最初から見えていないように(実際見えないのかもしれないが)背を向けると、政宗のもとへ音もなく後戻る。赤橙色の髪を絡めようとするその手にキスを落とし、無言の要求どおりに寝起きの彼の身繕いをしてやる。元親のことなど、すっかり関心を失くしてしまったように。 「顔を洗う時間くらいは貰えるんだろうな?小十郎、金羊の間にハイティーの用意を」 「いらねえ。つか、これ以上待たせる気かお前」 元親の問いにも、すぐには答えない。政宗は両手を伸ばして小太郎の頭を引き寄せた。ウィングカラーのシャツのボタンを留めてやりながら、小太郎は政宗に応える。鋭い歯をなぞってディープ・キスを何度でも交わし、つ、と顎をつたっていく唾液がせっかく締めた襟元を汚す前に赤い舌で掬い取っていく。 足元に跪いてブーツの紐を結ぶ小太郎を見下ろしながら、政宗はゆっくりと唇の端を吊り上げて元親を流し見た。上機嫌に見えるが、だからこそ不機嫌なのかもしれない。 「無粋な奴」 お前の節操がないのだと、返す代わりに元親は肩を竦める。従順な愛人が闇に沈み、真実彼の半身が扉の奥に消えて、ようやく元親と政宗の会話の場が出来たこととなる。重ねた年月さえも忘れてしまうほど長い付き合いだ、今更場繋ぎのためのお茶会も虚飾だらけの前置きもいらない。 「よくもまあ、あれだけ手懐けたもんだな」 涼やかに金属の音を震わせて、純銀の鎖を首に繋げていた赤橙の髪をした男。見えない鎖の先を握っているのはこの右目を隠した男だと、見れば分からないはずがない。黒布で両の目を覆っているのは、もう新しい主以外を見る必要がないからなのかもしれなかった。 「拾ったんだよ。戦場に捨てられてるのを見つけたんだが、面白そうだったからついな」 政宗にとっても、元親相手には今更見え透いた媚を売る必要もなかった。ひとつまみ刻み煙草を煙管に詰めて、すうと深く煙を吸い込む。胸の内を吐きだすと同時、ねっとりと濃く甘ったるく漂う紫煙。元親は目を眇めて政宗の言葉を笑った。政宗と鏡を合わせたように、左目とは反対の右目を感情豊かに光らせる。 「拾った、ねえ」 「なんだよ」 「戦ってのは、こないだの今川と北条の戦か」 信長が魔王の座を蘭丸に譲った際、何せ数千年ぶりの帝位継承に魔界は一時期混乱した。前戦を退いた魔王を喰らってしまおうと、光秀が起こした反乱等がよくあげられる話だ。結局反乱は失敗し、敗者である光秀の首から下を灼き尽くしたことで新しく生まれた魔王の力を三界に広めることとなったが。 「おかしな戦だったよな。虚飾の今川が喧嘩を吹っ掛けるのは珍しい話じゃねえが、実際行動に移せる度胸も力も今のアイツは持ってない筈だ。北条も、護りだけは鉄壁で有名な奴らだったのにな」 それが、先の戦ではどうだろう。 かつての力を取り戻した如く道化たちの旗揚げは絢爛で、北条の堅固な城は翻弄された。既に内側から食いつぶされていたのだ。それでも北条の名声はその名を汚すことを嫌い、所詮今川の力は付け焼き刃に過ぎなかった。どちらも自分一人だけで虚しく滅ぶことを良しとせず、結果今川と北条は共倒れし、再び伏魔殿の社交界に復帰できるまでには悪魔も呆れるほど長い時間が必要だろう。そしてそれは、彼らが再びこの世に舞い戻りたいと強く願えばの話である。 北条を内側から食い潰すべく、白蟻の様に内側からじくじくと蝕んでいったのは誰の仕業か。 装飾ばかりを施した今川の儀礼用の鞘に、鋭く尖った騎士の剣を差し込んでやったのは誰の所業か。 政宗は彼らの答えを待つことはなかった。彼が風魔小太郎という、取るに足らない存在でしかない中級悪魔を己が眷属に加えたことは噂にもならない。これは開いた扇を口元に当て、暇の潰し方を知らない貴婦人らが目を細めながら話す艶事の類でしかないのだ。美しく着飾り持て囃されることに慣れきった彼女たちは、政宗が以前のようにたくさんの贈り物を持ってご機嫌伺いに来ないので大いに不満なのである。 「風魔といやぁ、位の割にそれなりの実力者ってことで名前だけは俺も知ってる。だが、そこまでして欲しいと思うほどの奴か?」 別段隠すことでもない。魔界に敷かれたルールはただ一つ、完全なる弱肉強食である。強ければ繁栄し、弱ければ死ぬ。だというのに政宗が己が所業を誇らず、彼が寵愛している僕と同じく口を噤んでいたのは、彼の心情を慮っているためでは決してない。世の為政者たちが片目を瞑りながら茶目っ気たっぷりにネタを明かすのと同じく、単に聞かれなかったから答えなかっただけだ。 北条の懐刀と呼ばれた赤橙色の彼は、長い前髪に隠したその奥で何を思いながら仕掛けられた戦を迎えたのだろう。 屈指の暗殺者と褒めそやされた孤高の疾風、けれど今は政宗という気位だけの男の靴紐を結ぶ男。話を聞いてみたいと思うが残念なことに彼は極端に無口で、人前に出ることすら嫌っている節がある。以前はどうだったか知らないが。 「…………何年前だったかな」 本当はちゃんと覚えているくせに、話をわざとぼやかしながら手近の香炉に煙管の雁首を当てて灰を落とす。 「北条の茶会に招かれた時、氏政の爺と二人きりで話をする機会があってな。その時に一回だけアレと会った」 「一目惚れでもしたか。それほどアイツの具合は良かったとでも?」 「一目惚れってのは、互いに目を合わせなきゃ始まらんだろう。アレは俺を見もしなかったよ」 誰よりも矜持が高い癖、何でもない風に煙草を詰め直し、再び吸口を咥え煙を吸いながら政宗は続ける。 「主の方は、権力者と誼を結ぼうと躍起に媚を売って来たってのに肝心の僕ときたら。アレは、俺を見なかったし、蔑んだり逆らったりもしなかった。もちろん愛を囁くこともな。ただ俺に背を向けて、無言でこう言っただけだ。『お前の存在など、自分にとっては何の意味もない』と、本気でアレは思っていたんだよ」 ふう……と緩やかな煙を吐き出し、屈辱の言葉と裏腹に満足げに細まる左目。白磁の頬に陰影を落とす長い睫毛。 その先が微かに震えている。嗤っている。元親は黙って政宗の言葉を待っていたが、それだけだった。 「それだけか?」 「他に何がいる?」 あっけない、ただそれだけの話に興味を失くした元親を、どろりと煙に滲んだ視界の奥でうす赤い唇が歪んだ。 お前は複雑な世界に首まで浸かり過ぎたのだ、こんな単純な話が理解できないのだからと歌いながら。 「必要だから、邪魔だったから、愛しているから。切っ掛けなんざいくらでもある。そのどれにも意味がない。理由ってのはその程度のものだ。俺とあいつにとっては、今さらそんなもんどうでもいいしな」 そう、あっさりと断言する。切り捨てる。紫煙を吐きだす。最も迂遠な手段をもって体内に毒を運ぶこの行為を、政宗は頓に気に入っていた。害される身体を持たないから毒は消化されることがなく身体の底に澱んでいくばかりで、ドロドロと犇めき合いながら別の何かが蝕まれていく様を眺めているのだ。 「小太郎はドン・キホーテの蛮行に付き合ったサンチョとして野晒しで捨てられていた。俺はそれを拾った。それで十分じゃあないか」 吐き気のするような優しい声で、古き良き思い出を懐かしむように。 「逃げようとするから足を折った。 抵抗するから腕を切った。 どれだけ話しかけたって答えないし、そもそも聞こうともしない。 そんなに答えたくないならと、望み通りに耳を引きちぎって舌を抜いてやったよ。 ああ、あんなに楽しい時間は久しぶりだった!」 うっとりと煙に滲んだ空を眺めながら、政宗が笑う。そら恐ろしいほどの純度で、楽しくて仕方がなかったのだとしんから幸せそうに嗤っている。 魔の存在である彼らにとって、見かけの目や鼻などその通り飾りでしかない。けれど表皮の一部でも削られれば痛いことに変わりはないし、六感を奪われ世界と自己の繋がりを断ち切られることは、精神を重んじる彼らにとっても真実恐怖であるというのに。 「お前にも見せてやりたかったなあ、最後に俺を眼球に映した時のアイツの顔。俺のだから見せてやらないけど」 小太郎は政宗を見なかった。 北の山脈の覇者を自負する彼の存在を、視界に留めようともしなかった。 理由なんてその程度のものなのだ。 たったそれだけの理由で、黒灰色の風は隻眼の竜に見染められた。 二度と逃げ出さないようにと、銀の鎖で檻に繋がれた。 は、と、嘲りの声を出して元親は笑う。 哀れだとか可哀そうといった同情の念は最初から持っていない。 自分を見ない者を認めない傲慢さ。欲しいものを力づくでも手に入れようとするその強欲。 それが嫌いではないだけ、だからこそ気に入っている。 自分に比べれば、ずっと華奢な政宗の肩を掴んでもう一度ベッドに引き摺り倒した。 銀ねずのシーツに色の白い肌が映え、いっそ屍蝋のように冷めきった顔。視線を逸らさないまま今にも噛みつけそうなほど顔を近づけると、甘ったるい匂いが元親の鼻を擽った。芳しくも生臭い、希少な動物から搾取することで得られる天然香料の匂い。 「お前さ、そうやって自分に都合のいいモンばっかり並べてつまらなくねえの?」 瞬間、すい、と元親の首に当てられる冷たい金属の殺気。 政宗に害を加えるとでも思ったのだろうか。ひたりと僅か首筋に食い込んだ刃は、これ以上元親が彼の主に触れることを言外に拒絶している。 常ならばこのような無礼を許すはずがない。触れられるはずがないのだ。 それほど元親と小太郎の間には、魔界には埋められない位階の絶対差というものが存在する。 生まれながらの支配者が持たないもの、身に付けようとしないもの、そして何より嫌悪しているもの。 すなわち努力、後天的に身につけた技術。小太郎はそれによって魔力の差を補い、旧家として名高い北条家と契約を結ぶまでに至った。それでも元親や政宗らの域へは遙かに遠い。どれだけ荒れ狂う風を起こそうとも、広がる海原を巻き上げることはできない。 小太郎自身も、十分に知っている筈だった。小太郎が刃を引くよりも早く、元親は彼の存在から消し去ることができる。政宗が気に入っているから放っているだけだということを、知っているのに刃を引かない。飼い主への忠節のつもりだろうか。だとすれば随分立派で泣かせる話だった。 「だが、それは所詮お前が仕組んだものだ」 政宗が強引に捕まえて、自分の好きなように造り替えた。小太郎が政宗をどう思っていたか、本当は何を望んでいたかなど関係なく、自分の理想を叶えることだけに夢中になって。物を言わぬ人形に愛を語る行為は、湖面に映った己の姿に愛を囁く行為に似ている。傲慢極まりない自己愛の象徴。 「そんなんじゃ、いつまで経っても本当に欲しいものは手に入らないぜ」 だから、俺のものになってしまえ。 俺ならば、俺だけがお前を受け入れることができる。お前の願い事を叶えてやることができる。世界中の宝をかき集めて、お前を決して飽きさせないことも誓ってやろう。 欲しいものは手に入れなければ気が済まないのだ。元親はそうやって今の地位を築いてきた。 片方を眼帯で覆い、隠す。それだけで鋭い眼光はさらに剣呑な光を帯びて元親を真直ぐに射る。おそろしく切れ長の深い蒼みを帯びた落日色の目も、音もなく吊りあがってゆく唇もいかにも酷薄で、それでいて自虐的な傷口に一体誰を嗤っているのだろうといつも元親は惹かれてしまうのだ。その目が誰も見ないことを知っていても。 (本当に欲しいものは手に入らない。だから俺たちの命の終わりは無限なんだろう) 元親が残していった羊皮紙を一枚、今度、彼の城で開催されるパーティーの招待状を憂鬱そうに眺める。 小太郎の姿はとうにない。元親が帰ると同時、さっと未練なくまた姿を消した。政宗は彼に最低限のことしか植えつけず他は好きにさせているから、人嫌い、出不精の性質は元からだったと思われる。たまには外に出してやれと、散歩を促した元親に堂々言い返すことができるというものだ。強要するのは好きではない。その必要も滅多にない。何もしなくても、相手は勝手に政宗へ跪く。 「あいつのとこ、賑やかなのはいいが品ってのに欠けるんだよな」 羊皮紙を流し読みながら、小十郎が銀の盆に運んできた紅茶を口に運ぶ。興味のなさを全身で表すよう椅子に身を投げ出してすらりと長い脚を大仰に組む。そんな何気ない、無作法ともとれる振る舞いだが、それでいて滲み出る天性の気品が政宗を粗野に見せず、周囲から甘やかされて育った猫を連想させた。 「しかもあの強欲野郎、自分から来たくせ手ぶらじゃ絶対帰らねえ」 「といって、本当に黄金をくれてやることもなかったでしょうに。ああいう手合いにはメッキで十分です」 冷めた声に毛並みの良い褐色の髪を揺らして、不思議そうに政宗は招待状から顔を上げた。 涼しい顔をしてカップを傾けている、彼の半身へ面白そうに左目を輝かせ何の他意もなく笑いかける。 「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。嫉妬したか?」 「まさか」 するわけがない。小十郎は口元に緩く弧を描いて冷笑を浮かべる。 何を警戒する必要があるだろう。政宗とよく似た隻眼の鬼だろうと、政宗が拾った盲目の男だろうと、小十郎より政宗に近しいものなどこの世界にはいないのだから。 何の迷いもない片割れへ向けて、長く陰を落とす睫毛を震わせ満足そうに政宗が微笑む。 肌蹴られたままの襟元から見える赤い痣。 孔雀の様に鮮やかなそれは、しかし政宗に最も似つかわしくない。針で突かれたようにじくじくと意識から離れない不快感。 遠く天界に存在する、この色を身に纏っている男。おそらくは唯一彼だけが小十郎から政宗を奪っていける。 政宗が愛すると決めた、殺戮しか能のないあの男だけが。 小太郎もその存在を知っているから、わざと残した。 彼を害するもの全て、残らず叩き潰してやった筈なのに。 空になったカップに紅茶を注ぐ。小十郎の心は平静で、冷静に何度もその男を政宗から引き剥がす術を幾重にも練っている。 何事の変わりもなく、魔界の時間はゆるやかに過ぎていく。 |
07.10/31