陣幕を切り裂くように本陣へ斬り込んだ時、既に大将首が討ち取られた後だった。
四方正確に張られた陣幕、未だ温かい血と肉の塊が四散した空間に一人だけ男が背を向けて立っている。
遅かった。

「Hey. 遅かったな、小十郎」

血に濡れた六爪を振り払って、伊達軍の総大将が振り返った。ニヤリと浮かべた人の悪い笑みに、多数の兵を率いて彼を追ってきた小十郎は思わず安心するより前にため息をついた。
「おかげで、俺一人で済んじまったじゃねえか」
「早すぎるのですよ、貴方が」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている!」
ぐちゃりという嫌な音を立てて、政宗は拾ったものを手近な護衛兵に投げつけた。思わず受け取った兵は、手の中のものを見て盛大に顔を顰める。斬り取られたばかりの敵大将の生首だった。
「俺達の勝ちだ」
今度は嫌味のない晴れやかな顔で笑う。その言葉に、その意味に。周囲から喜びの歓声が徐々に沸きあがっていく。
「旗を巻け!勝鬨を上げろ!」
六爪を勢いよく赤い地面に突き刺した独眼竜は、天へ届けとばかりに叫んだ。

「We are Winner !!」







敵の中枢が崩れ、勝敗が決まった以上戦いは無意味である。伊達軍の勝利を戦場へ伝えに兵が下がると、その場は一時だがしんと静まり返り政宗と小十郎のみが残った。
「政宗様、あまり無茶をなされるな。一人で勝手に先へ先へと進まれて、これでは軍略の意味がない」
「そういう大将だからこそ、他の奴らが付いてきてんじゃねえか。俺のRaison d'etreを奪うなよ」
「そのようなものが無くも、みな貴方様の後を追ってきますよ。奥州の覇者は貴方だ」
「……ha!言うねえ、小十郎」
声を上げて政宗が笑う。その身は幾多の血に塗れところどころ青でなく赤の装束と変わっていたが、全て返り血のようであった。小十郎も似たようなものだが、近寄ると乾いた血の臭いがする。
間近で自分を見つめてくる独眼は挑発しているようにも見える。意図を計りかねていると、六爪を手放した手で襟首を掴んで小十郎の背を屈ませ、そのまま口を重ねてきた。長い戦ですっかり乾いた唇が掠れあい、ささくれた違和感に小十郎は眉を顰めたがそれでも政宗は満足したようであった。ぺろりと唇を舐めてくるその表情が情欲に濡れている。
「……何をなさる」
「発情した」
「ご冗談を」
「いや、マジで。ってそこでため息をつくな、おい」
折角のmoodが台無しだと主君が拗ねるが、呆れる以外のどういう反応を取れというのか。
「時と場所を考えてください。ここは戦場ですよ?」
「んなこたわかってる。だから最後まではしねえ」
「そういう問題じゃありません」
そう切り捨て、襟を掴んだままだった手を外す。案外簡単に外れたが、今度は抱きつかれてしまった。
何なんだとため息をつくが、引き剥がそうにも六爪を操るその握力が災いしてなかなか離れてくれようとしない。

「人を殺すとな。疼くんだよ。どうしようもなく」

ぎゅ、と強く小十郎を抱きしめてその胸板に顔を埋めた政宗が小さく呟いた。
「こういうの、何て言うんだろうな。最初はそれなりに緊張してたんだが、段々どうでもよくなって、それどころじゃなくなってくの」
「……初めは誰でもそういうものです」
「へえ?じゃあ何回数をこなせば慣れるんだい?」
くすくすと聞こえる笑い声。甘えたように頬を摺り寄せてくるその姿は、先程までの戦場を駆ける姿を見慣れた者ならば困惑せざるをえないだろう。
似ているようで異なる雰囲気。狙っているのかいないのか。
血にまみれた手が小十郎の頬を伝う。乾いた唇をなぞると乾ききっていない鉄錆びの味がじんわりと染み渡り、それが自分の血でないことが政宗はとても恨めしかった。


どれだけ戦を重ねようと人が手の内からすり抜けていこうと、彼は政宗のものであり続ければならならなかった。だから

だから、もう一回だけkissさせて?


「懲りませんね、貴方という人は」
「小十郎以外にはしない」
「当たり前です」
逞しい首に両手を絡ませて、待ちかねていたかのように政宗がニヤリと笑う。戦場に似合うその笑みは野性的で、それゆえ酷く艶かしかった。


「お前のその顔、すっげー好き」


最後に大きなため息をついて、小十郎は政宗の腰に手を回す。
遠く戦場からは鬨の声が響いている。










LOVE ME TENDER
06.5/15