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針金のように、細い月が出ている夜だった。
幽かな月明かりが差し込んでくるだけの薄暗い部屋のなか、政宗は手探りで煙草盆を引き寄せる。
煙管に火をいれ、すうと吸い込めば幾分か疲れと痛みが和らぐ気がした。
ゆるゆると流れる静かな時間。夏の温い空気に紛れて、情事の余韻で籠った熱がゆっくりと冷めていく。

「それ、辛くない?」

はだけたままの夜着も直さずに立ち上る煙の行く先をぼんやり眺めていると、横で呑気な声が聞こえてきた。
腹這いになった格好で頬杖をつき、佐助が政宗を見上げているのだ。
「喉カラッカラなのに煙草吸うなんて、見てるだけで痛そう」
「俺はコレがないと落ちつかねえんだよ。臭いも紛れるしな」
「臭い?」
「涎臭いんだ。人の顔を飴みてえに舐めまわしやがって、ベタベタして気持ちが悪い」
見返しもしないまま、心底嫌そうな顔で政宗が吐き捨てる。
佐助は不思議そうに目を瞬かせたが、面白そうにくすくすと声を上げて笑いだした。
勿論、部屋の外に声が漏れないように小さくくぐもった声音でだ。元来、佐助はこの場に居ていい立場ではない。
「笑ってんじゃねえよ」
「だってさあ、アンタがそんなこと気にするのがおかしくって」
音もなく蒲団から抜け出して、政宗にすり寄る。
頬に手を伸ばしてこちらを振り向かせると、ちろりと舌を伸ばして政宗の唇の形をなぞりはじめる。
眉をしかめた政宗が何か言いたげに口を開いたが、構わずその隙間に舌を滑り込ませた。
押し入ろうとする、押し戻そうとする無言の応酬。
何度となく繰り返したやり取りだった。
口の端からこぼれた唾液を舐めとり、佐助はニイと笑って見せる。
「さんざんやることやっといて、今更その反応はないんじゃない?」
政宗はすぐには答えず、煙管を咥えなおした。
そして、ふうっと真っ白の煙をわざと盛大に吹きつける。

「だから、嫌だっつってんだよ」

額から鼻から顎の先まで、顔中二人分の唾液でベタベタだ。顔どころか体中、乾いた独特の臭いが政宗の鼻につく。
佐助が政宗に触れた証拠だった。
蒸し暑い夏の夜にどろどろと二人で抱きしめ合って。
奥州といっても閉め切った部屋の中、当然のように汗も流れて肌を伝う感触が余計に心地悪い。
どうせ時間が過ぎ水で洗い流せば消えてしまう、一時的なものだと分かってはいるのだが。
煙管の煙を浴び、佐助が迷惑そうに眉をしかめる。
「わがままな人だねえ」
日陰者のせいだろう、意外と日に焼けていない肌にうっすらと汗が滲んでいるのを見て政宗はくくっと笑った。
「これでも精一杯甘えてるんだぜ?」
「うっそだあ」
困ったように佐助は苦く笑う、その仕草は大仰で何度見ても芝居じみている。
佐助というのは、どれだけ重ねても影のように現実味を持たない男だった。
天井裏から、床板の下から、時には大胆にも障子を開けて政宗の前に現れるが、だからといって佐助の態度が変わるわけでもない。
彼自身は何も持っていないしこちらが得ることもない。
どうせ、次に現れるときも飄々と何事もなかったかのようにへらへらした顔を見せるのだろう。
だだっ広い城の一室、狭い部屋に二人で閉じこもって息を潜めるように体を重ねたこの時間、政宗と共に過ごした時間など、何の意味もないのだという風に。
酷い男だとは思わない。
自分も同じなのだから責めようがない。
片手で手招き、近づいてきた佐助を抱きしめ肩に気だるく顎をのせる。
ぴたりとくっつかれて暑苦しいだろうに、抱きしめ返された。髪を撫ぜられる感触が心地よい。
首筋に鼻先を埋め、すうと息を吸う。


政宗が触れた佐助の身体は、普段とは想像がつかない人間臭い匂いを纏わりつかせている。
流れた二人分の体液と、政宗が吹きかけた煙管のにおいしかしない。


声を殺してもう一度、政宗は笑った。
次の瞬間二人が他人へ戻ったとしても、今のこの時間、この忍びは政宗だけのものだった。










不誠実な恋だったから
07.8/14