俺が誰かを助けたり救ったりなんてできないこと、誰よりも俺自身がよくわかっている。





「頭冷やして出直して来やがれこの大馬鹿野郎ーっ!!」
「むぁさむねどのぉぉぉぉっぉぉぉぉ!!」


威勢のいい怒鳴り声とともに、何かが吹っ飛ばされてばっしゃんと水に落ちる音。
ああ、やっぱり今日もこうなるのねと。よく手入れされた庭の隅に一人座り込み、雀に餌をまいていた佐助は億劫そうに腰を上げた。建物や木々の影にうまく隠された死角からひょいと抜け出せば、未だ水飛沫を上げている小奇麗な池にぷかぷか赤い物体が浮いているのが見える。
へらりと、いつもの困ったような笑みを浮かべて佐助は自分の上司を池に放り込んだ男を見上げた。
「まあ、何をしたかは敢えて聞かないけどさ。毎度毎度よくやるよね」
「そう思うんならちゃんと手綱握っとけ、馬鹿が」
「旦那のことも言ってんだけど」
「ふん」
面白くなさそうに鼻を鳴らしながら、政宗は煙管を口に咥える。
自慢の握力で大の男を鷲掴みにし、障子ごとぶち破って外に放り投げた荒っぽい動作を簡単には連想できないほど、流れるように静かで様になった動きだ。
「全力で向かってこられたらそれなりに力入れて対応しねえと痛い目見るのはこっちだろうが。いい迷惑だ」
「またまたー。本当はそんなこと思ってないくせに」
からかう様な佐助の言葉。重なるように、ふうと白い煙が吐き出されて宙を漂う。
緩く目を伏せ、それから一拍の間をおいて佐助と目を合わせた政宗は、にやりと意地の悪い顔を作って笑いかけた。

「誰にも言うなよ?」

にこりと人好きのする笑みを作って、佐助は答える。

「言わないよ」



死んでも言ってやるものか。

(俺はアンタに否定して欲しかったよ)










柱に背もたれ、意地の悪い笑顔で庭先に立つ佐助を見下ろす政宗の顔を、やっぱり意地が悪いと何度も確認してしまう。
この隻眼の男をいつから目で追うようになったのか、佐助は覚えていない。ただ気がつけば彼が何をしているか、何を考えているか漠然と考えるようになっている。
どれだけ眺めたって何の得にもならないという自覚はあった。

入り込む隙間など、最初からどこにも無いのだ。

誰よりも優しくして幸せにしてやりたいのにその方法がわからない。
抱きしめたくてもこの爪で傷つけてしまうだけだろうし、支えてやりたくても結局は冷たく突き放してしまうことなど目に見えている。
手に入らないことをわかっていて、どうして物欲しげな手を伸ばせよう。
誰かを助けたり救ったりなんてできないことなど、自分が一番よく知っている。
誰が政宗を救うことができるのか、それは知らない。知りたくも無い。


誰が言うものか。
迷惑だと何度顔を顰めても、彼が二度と来るなと幸村を本気で拒んだことがないなんて。
夢中で団子を頬張る幸村の横で、あれだけ優しく笑う政宗の顔を佐助は他に見たことがないなんてことは。


当たり所が悪かったのだろう、ぷかぷかと池を漂い続ける上司を佐助は同情と羨望の混じった目で見つめる。未だ引き上げてやる気にはなれなかったが、これくらいの悋気は許してほしいところだ。





「後は任せる」

そう言い捨てて、政宗は幸村を池に浮かばせたまま屋敷の奥へと戻っていく。
踵を返してゆったりと廊下を歩んでいく彼の横顔は、既にいつもの冷めた表情で佐助を振り返ることもない。見られていないことを知りながら、佐助はいつもの飄々として笑みで彼を見送る。





(本当は、俺以外の人にアンタが笑いかけるのも嫌なんだけど)
(アンタがきっと気付くことはないこの薄暗い気持は、俺だけの中で腐ってゆくだろう)










そして風化することを願う
06.7/06