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「お届けモノでーす」
勝手知ったる人の家、の屋根から逆さに降りてきた佐助から書状を受け取ると政宗はひらひらと手を振った。追い払う形に。
「そうか。帰れ」
「ちょ、酷っ!わざわざ甲斐から飛んできたんだよ俺様!も少し労ってくれてもいいんじゃない!?」
「お疲れ。帰れ」
「何だよもー。本当に帰ったら淋しいくせに!」
腰に手を当ててちょっとからかってみる。途端、可哀相なものを見るような憐憫の眼差しで見られたが否定の言葉は返ってこなかったので良しとする。単に面倒だっただけかもしれないけれど。
大仰に肩を竦めただけで佐助の言葉を捨て置くと、小刀で書状の封を切る。はらりと広げて真田幸村からの文を流し読む。そんな何気ない動作が非常に洗練されていて、佐助はそっと目を細めた。黙っていれば非常に絵になる男なのである。
その整った顔が、幸村の言葉を読んでいる途中ふと頬を緩めて小さく笑う。燭台の揺れる炎に照らされて、陰影の影を作った政宗の笑みは昼のそれより柔らかく、どこか儚げに見える。
天下の独眼竜に、儚いだなんて。いつの間に自分はここまで侵食されてしまったのか。
自嘲しながら、口を開く。
「何て書いてあったの?」
幸村が豪快に筆を走らせて何か書いていたのは見ていたが、何を書いたか佐助は知らなかった。戦や政とは関係のない、単なる時候の挨拶や他愛もない世間話であろうことは想像が付くが、だからこそ気になることもある。
佐助の言葉に、政宗は簡潔に返した。
文を見つめる視線はそのまま、佐助を振り返りもせずに。
「Ah?テメエにゃ関係ないことだよ」
ほら、口を開くとすぐこれだ。
黙っていれば絵になる男なのに。黙っていれば錯覚できるのに。
(幸村からの使いなんて、只の口実だ)
「だって旦那の手紙だよ?どんな破天荒なことが書いてあるか気になるじゃん」
「人のprivateに口出してんじゃねえよ。嫌われるぞ」
「旦那のケチんぼ」
「ガキか。お前は」
心底呆れた声を出して、そこでやっと政宗が顔を上げた。佐助と目線をかちりと合わせて、上目遣いで軽く睨んでくる。
にこりと満面の笑みを浮かべて、それに答えた。いつも胡散臭いとか、信用できないとか政宗に散々に云われている表情だが抱きしめてしまえば面と向かって毒を吐かれることもない。
ぎゅう、と強く抱きしめると腕の中から伝わる温もりに安心してしまう。忍びの癖に。
「……どうした、いきなり」
「うん」
離れた唇を辿りながら、政宗の低い声に上の空で答える。
首筋に顔を埋めると、ぱさついた茶色の髪の毛が頬を撫でる感触が心地よかった。腕の中で身じろぎする政宗の手が、逡巡した後に幸村の書状から離れたのを知ってうっとりと目を閉じると血脂や泥といった戦場の匂いではない、芳しい香の香りが鼻をくすぐった。
「このままアンタを攫っていきたいなあと思って」
ぽつりと何気なく呟いた言葉。
呟いた後で、あ、俺ってそんなこと考えてたんだ。と今更ながらに合点する。
訝しげに左目を細める政宗に、睦言のように、思うまま囁きかける。
「どこか人の知らない、遠いところまで行ってさ。二人で暮らしていけたらどんなにいいだろうね」
忍びの佐助や、独眼竜の政宗のことなんて誰も知らないんだ。知っていたとしてもそれは御伽噺や昔話のような現実とは遠く離れた架空の人物の名前で、そしたら俺達はもう面倒な仕事や殺しをしなくてすむし、敵とか味方とかの区別なんてそのうちどうでもよくなるんだろう。誰にも邪魔されず二人きりで穏やかに過ごせるんだろう。ありふれた口説き文句だけど。



(ねえ、俺がアンタを殺す夢を見たんだ)



笑われるかな、と内心首を竦めていると案の定一笑に付された。
ha!と異国好みの鼻にかかった小さな笑い声。
「南がいい」
「……はい?」
思わず間の抜けた声。
まさか、拒絶される以外の言葉を聞けるなんて思ってもいなかった。
「どっかに行くんなら、南がいい。雪のない冬ってのを見てみたい」
抱きしめた体を離し、まじまじと政宗の顔を見詰めてしまう。見詰めるばかりで返事を返さない佐助を見返して、政宗が不快気に眉をひそめた。冗談をいっている顔ではない。
「なんだ、行かないのかよ」
「行く」
言葉を翻されるのが怖くて(怖くて!)、急いで言葉を重ねた。
「行くよ。どこへだって連れてったげる」
南の果てでも、海の向うでも、アンタと一緒ならどこまででも。
何もかも打ち捨てて、どこか人の知らない、遠いところまで行きたかった。行けたらどんなに幸せだろうと切に願っていたのだ。
秘め事を交わすように二人で綿密な計画を立てていく。逃げ出す方法や、逃げていく先や、逃げてからのこと。追っ手を振り払う方法。
時には薬売りとして諸国を歩き、畑を耕し、一所に店を構えて商売を構えたこともあった。夢の中でなら二人は何にでもなれた。夜が明けて、朝になれば消えてしまう夢物語の中でなら。


政宗の細い指に自分の鉤爪のついた指をきつく絡ませると、期待してるぜと小さく呟かれる。くすぐったそうに笑うあの優しい笑顔で。彼にこうして笑いかけられるたび、嘘の華が一つまた一つと咲いては散っていくのを佐助は知っている。

だから諦めとも取れる、優しいその独つ目の眼差しには気付かない振りをした。
この広い世界で、ただこの人だけが特別な存在。それだけは確かなことの筈だから。










YELOWBELLY
06.10/16