殴りあいや罵りあいといった数々の攻防、散々鳴かせながら佐助は強請りに強請って果ては両手で拝んでさえ見せた。
結果佐助は上機嫌に鼻歌を歌い、茶色の髪を優しく梳かし、政宗は白い肌を真っ青に震わせて、わななく唇をぎゅっと噛み締めている。
「手ぇ、繋いであげよっか」
「うるさい、やるんならさっさとやりやがれ」
いつもの憎まれ口にも勢いがない。
そんなに嫌なのだろうか。
佐助は少しばかり心が痛んだが、それより人に無防備な姿を見せることが問題なのだろうと当たりをつける。佐助の固い膝に頭を乗せ、いつも隠している耳をさらけ出しているとなれば落ち着かないのも当たり前かもしれないが。
そっと左の耳に耳掻きを滑り込ますと、びくりと大きく政宗の体が震える。かりかりと耳の内を引っ掻くたび、きつく閉めた隻眼を縁取る睫が戦慄いて揺れる。子供のようにただ怯え惑う姿は、房事の時にさえ見たことのない姿だった。
(どうしよう、すっごく楽しい)
政宗がさっきの忍びに耳掃除をしてやらなくて良かったと佐助は心から思った。佐助に劣らず嗜虐心のある政宗である、あの(一見)大人しい忍び相手にどんな悪戯をしでかすかわかったもんじゃない。
間に合った俺様偉い。俺様サイコー。
知らず顔を緩めていると、気配でも伝わったのだろう。左目がきつくこちらを睨みつけていたが僅かに潤んでいたし、上目遣いのそれは怖くもなんともなかった。
「大丈夫、俺様器用だから怪我なんかしないって」
「知るか」
強がっちゃって、まあ。
苦笑すると、不貞腐れたように鼻を鳴らして黙り込む。いつも大人ぶっているくせ、こういうところは子供なのかと一種の感動を覚えた。
(でも、これがこの人の弱いところだ)
緩んでいても、どこか冷静な部分が警鐘を鳴らしている。
佐助が政宗を殺さないのは、単なる感情や感傷の問題ではなく、武田が奥州を生かしておくれっきとした理由があるからだ。しかし、それは所詮昨日までのものでしかない。昨日にこやかに酒を酌み交わしていながら、次の日その喉を掻っ切らないと誰が保障できようか。彼の耳を弄っている何の変哲もない竹の棒を、凶器にしないと断言できるはずもない。

政宗は最後まで佐助を拒絶するべきだったのだ。
どれだけ人を拒みながらも、最後には許して受け入れてしまう淋しがりやのお殿様。

「まあ、そんなところが好きなんだけどねー」
なに、と政宗が問う間もなく耳にふっと息を吹き込む。
うひゃあ、とか多分これから一生聞くこともないような貴重で可愛い悲鳴が聞こえて佐助は大層ご満悦である。
「Goddamn!ぶっ殺す!」
「えー、何でそんな怒るのさー。垢取っただけじゃない、ね?ほら」
平然と懐紙にのっけた垢を見せると、うぐぅと悔しそうに口を噤む。
両手で左耳を必死に隠し、今にも泣き出しそうな上目遣いのセットで睨みつけてくるものだから本当に可愛くて仕方ない。


(ねえ、政宗。頼むから俺以外の忍びに殺されるなんてへまはしないでくれよ)

「次ぎ、右耳出して」
「誰が出すかこの馬鹿!」



口と同時に手が出る、可愛い人の肩を畳に押さえつけながらその赤い耳に舌を這わす。
またかよ!と間近で怒鳴る馴染んだ声。天井裏にいる一つの気配に、佐助はひやりと目の端で冷笑を送った。

誰にもこの特権を譲ることは出来ない。










ネックアンドネック
06.8/18

結局は痴話喧嘩になるサスダテ。