soldier
「眠そうな顔してるね」
いきなり何を言うのかと、不快気に顔を上げればよく知った顔と目が会う。
身体を乗り出し、階段の手すりにだらりと手をのせてこちらを見下ろしている葉佩に、考えてみれば自分にずけずけと暴言を吐けるような人間は、それこそ数えるほどもいないのだと神鳳は苦笑した。
「眠そうっていうか、だるそうだ」
「……よくわかりましたね」
表情に乏しいつもりはないが、豊かだと思われたこともない。思ってもいない。それなのに「眠そう」だと断言されて、内心驚く。
「わかんない方がおかしいって。今にも開眼しそうな雰囲気だしてるし」
「どういう雰囲気ですか」
「……そうだねー。近づいたら即行でドゲザしたくなるような」
「それはいいですね。ぜひ見せてください」
「私、ドゲザノシ方ワカリマセーン」
けらけら笑いながら、葉佩は軽快な足取りで階段を下りてくる。
踊り場でくるりと身を翻すと、また数段下りて神鳳の前で足を止めた。
神鳳から階段二段分の間をとって手すりに背もたれると、それほど目立つ身長差がないので階段差が手伝い葉佩のほうが少し目線が高い。
「やっぱり、原因はアレ?霊が煩くて眠れないっていう?」
「それは九耀さんのおかげである程度の被害は抑えられました。ただ、年末が近いこともあって生徒会の仕事が立て込んでいましてね」
「ふーん。生徒会って、ちゃんと生徒会っぽいことやってるんだね」
「ああ、今の言葉で僕たちをどういう目で見ていたのか想像が付きましたよ」
「で、お疲れさんの会計さんは授業サボってどこにお出かけですか」
「少し仮眠を取るつもりです。まさか授業中に寝るわけにもいきませんから」
「うわ、優等生だ。優等生がここにいるよ。ちなみに俺は授業中でも眠くなったら遠慮なく寝させてもらいます」
「自慢しないでくださいね」
「そういう貴女は今日も自主休講ですか?僕が言えた義理ではありませんが、あまり感心しませんよ」
「俺だって出れるなら出たいですよ……あれ、出れる?出られる?……まあいいや。とにかく、今日はちゃんとした理由があるから大目に見てください」
「理由によりますね」
「上で報告書を書いてたら、さっさと終わらせるつもりだったのについ熱が入っちゃいました☆」
ぺろ、と小さく舌を出す、全然困っていないくせに困ったように見せて笑うその姿は十分愛らしいものがあった。
しかし、学生としてその理由と態度は如何なものだろう。
一体この帰国女子は誰の影響を受けたのか……
彼女の今現在一番近くにいる、學園一のサボり魔。某不健康優良児の顔を不意に思い出して神鳳はため息をついた。
「……理由はわかりましたが、担当の先生が聞いたらやはり怒ると思いますよ」
「あー、やっぱり?でも、おかげで今度のは自信作。誰がどう斜めや後ろに見たって俺が真面目に仕事してると思い込むに間違いないよ」
こういうと極めて不真面目に仕事をこなしているように聞こえるが、《遺跡》はそんな中途半端な気持ちで生きて出られるほど生優しいものでないことを神鳳はよく知っている。
それどころか、今の葉佩は生徒会の誰よりも《遺跡》に詳しいのではないだろうか。
トラップの解除法、化人の種類、弱点。何十と存在する各部屋の特徴。葉佩に訊ねれば、鐘を打ったようにすぐ様適切な答えが返ってくる。たった数回潜った程度で得られる知識ではない。
強い責任感を持っているため、報告書とやらも、相当内容の濃い代物となったのだろう。
葉佩という人間は、やはり学生である前にプロの《宝探し屋》なのだということを改めて知らされたような気分だ。
自分の《生徒会》の仕事と、葉佩の《宝探し屋》の仕事。
どちらがより難しいか比べるつもりはないが、どちらも厄介な仕事である。
「……お互い大変ですね」
「まーね……でも嫌じゃない。神鳳と同じさ」
気負った風もなくそう言って、葉佩は笑った。
自分の職業に誇りを持っている人が、よく浮かべる表情に似ている。
確かに、神鳳自身も《生徒会》の仕事を大変だとは思ってもそれを苦痛や重荷だと思ったことは一度もない。
自分で決めて選んだ道だ。むしろそれは、阿門に仕えることが出来る、役に立っているのだという立派な証となってくれる。
自分とこの人は、案外似ているのかもしれない。
微笑み返しながら、神鳳もついそう考えてしまう。
二人とも貴重な学生生活よりずっと大事にしているものがあって、それのため常に最善を尽くそうとしている。
自分が出来ることと出来ないことを誰よりもよく理解しているのに、それでも余計なものまで背負い込んでしまおうとするのが(そして実際見事に担いで見せるのだ!)、神鳳とは違った葉佩という人なのだけれど。
……だからこそ、自分もこの人の手助けをしたいと思うようになってしまったのかも知れない。
「……真面目な話、神鳳疲れてんなら暫く大人しくしてたほうが良いね」
「今日も《遺跡》に行く予定ですか?」
「そう。クエストの依頼が入っててさ」
「僕は構いませんよ。体調が悪いという訳でなし、それに、遺跡を歩き回るのは結構良い気分転換になるんです」
神鳳がそう言うと、よほど意外だったらしい。
葉佩は驚いたように目を瞬かせて彼のほうを向く。
「まさか、神鳳にそう言ってもらえるとは思わなかった」
「ふふ、こう見えて付き合いは良いほうなんですよ」
「嬉しいことを言ってくれるねー。ついでに今度勉強教えて」
「僕の教え方は厳しいですよ」
「うわ……うん、まあ、柔らかくお願いします」
「今日は他に誰を呼ぶ予定ですか」
「そうだね……まだ決めてないんだけど、やっぱ一番確実なのは甲た」
「僕としては、一度黒塚くんとゆっくりお話をしたいと思っているのですが」
「オッケー、呼んでおく」
二つ返事で頷くと、携帯を取り出して早速メールを打ち始める。
画面を見つめるその横顔は、既に《遺跡》のことで頭が一杯なのだろう。どうやって効率的に依頼を達成するか、化人相手にどんな装備で立ち向かうか。そんなことばかり考えているように見えた。
「九耀さん」
「うん?」
名前を呼ぶと、すぐに反応し顔を上げてこちらを見つめる。
その一瞬浮かべる無防備な顔が、姿が愛しくて仕方がない。
「僕は、できる限り貴女のお手伝いをさせてもらいますよ」
「……ありがと」
けれど、これが今の自分にできる精一杯のこと。
執行委員達のように、全てをこの人に委ねることは出来ない。
それでも葉佩は嬉しそうに笑うと、神鳳の肩に手をのせて感謝のキスを落とした。
睡眠ネタその参、にするつもりだったら誰も寝なかった。
2004.10/19
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