三人寄ればかしましい





    「待ってるわよ」

    艶然に微笑むと、芳しい残り香を残して彼女は行ってしまった。
    彼女が待っているのなら、行かなければならない。
    抱えている仕事もある。
    葉佩は必要最低限の装備を整えると、仲間と共に遺跡へと降りた。

    それが、ちょうど1時間前の話。










    「……さて、これからが問題です」

    新しく開かれた扉をくぐり、今まで通り抜けてきた空間は古代の遺跡という言葉から随分かけ離れた無機質なものだった。
    材質は不明だが、鉄のように温かみのない床。複雑な模様が刻まれている繋ぎ目のない壁。耳を押し当ててみると、僅かな振動音が途切れることなく聞こえてくる。まるで、映画に出てくるSFの宇宙船を思わせるような場所だ。
    それでもこの遺跡は遥か神代の時代に造られたものなのだという。信じられるだろうか?
    実際こうやって目の当たりにしても、どうにもピンとこない。
    とにかく、他の場所ではしっくりと馴染んでいたのに、ここではかえって違和感を醸し出している石碑を葉佩は示し、取手とトトはじっくりと観察してみるが、しかしいくら眺めてみても不思議な記号が並べられているばかりで内容は全くわからない。
    大体、古代神代文字なんて普通の生活送ってる人には一生縁の無い文字だ(この場所もだが)
    無言の視線で訴えられると、そのことに初めて気づいた様子の葉佩がゆっくりと日本語で訳す。



    『供物は全部で四つ捧げよ
     一つ目は玉祖命
     二つ目は布刀玉命に』



    「……暗号だね」
    「ドウイウ意味デスカ?」
    「そう。
    全然わかりません


    一瞬の沈黙。


    「プロの《宝探し人》……」
    滅茶苦茶新人です


    《宝探し屋》に命を預けているバディとしては、不安なことこの上ない台詞だ。


    「まあ、わからないじゃ済まないから何とかするしかないんだけどさ」

    苦笑して、葉佩は石碑から離れる。
    そして手を触れたのは、人の顔が彫られた石像。全部で5体、横一列に並んでいる。
    それぞれに円盤が取り付けられていて、試しに触ってみると結構簡単に動きそうだった。
    円盤には五つの供物が描かれているから、これを正解の石像と合わせるよう回していく仕掛けなのだろう。

    「で、コレ。何に見える?」
    「オ札?」
    「……皿、かな」
    「ジャア、コレハ稲デス」
    「……ごめん、やっぱり皿に見える。上から見た、皿」
    「そうか……トト。最後のコレは?」

    「胎児」

    ちなみに、最後に葉佩が示した絵柄はふっくらとした無地の丸い円で、その右下方が少しだけ繊毛のように飛び出ている。
    ……葉佩と取手は勾玉だと思ったのだが。

    「……胎児は、ちょっと無理があるんじゃ……」
    「何で胎児……」
    「丸イシ、曲ガテルカラソウ見エマス」
    「そうか……」

    まあ、勾玉は胎児の形を現したものだという説もあるしな。しかし凄いこと考えるな、流石だトト。
    心の中で数回頷いて自身を納得させると、葉佩はもう一度石盤を見る。
    お札。稲。五つのうち二つはそれで構わないだろう。それに最後の一つ。トトは胎児だと考えたが、この場合は正直に勾玉と捉えたほうが正解のはずだ。
    ただ、最後の二つがわからない。片方が取手の言った通りに皿だとしても、残りの一つは何だろうか?
    三人で頭を悩ませ考える。模様の描いてある、丸い円。日本神話に関係する小物。あれこれ考えてみるが少しもいい答えが思いつかない。三人集まっても答えが出ない。
    時間だけが無常に過ぎていく。

    「……昔の話なんだけどさ」

    しばらくして、葉佩は大きくため息をつきながら口を開いた。

    「昔、あるところに神父が一人いてね。ある洞窟に描かれていた大昔の壁画を発見して、世界に広めたんだ」
    「立派な人だね」
    「神父はその壁画を念入りにスケッチし、学会に発表した。当然議論は議論を呼んだが、後に重大なことに気づいた」
    「ソレハ?」

    促されて、もう一度ため息をつく。
    そうして一息置くと、何かを哀れむような顔で口を開いた。


    「スケッチの出来が悪かったんだよ…………」










    「白岐さん(美術部)助けてー!!」






    「ここからじゃ無理よ……」
    「どーしたの白岐さん?」
    「いえ……」










    「くそ、やっぱ無理か……こんなことなら美術をもっと真面目に勉強しとくんだった……(美術C3の人)
     宝探しに美術が必要だったとは盲点過ぎる……マジで何の絵かわからない……」
    「戻るかい?」
    「ヤダ。いい。ここまで来たんだから、もう自力で解く。解いてみせる」
    「……頑張ろうね」
    「頑張るよ」

    意地を張るのは、単にここまで来たというのに帰るのが面倒だからではないだろうか。
    そんなことを取手は考えてみたが、折角やる気を出しているのにこんなことを考えるのは失礼だと慌てて頭を振った(実際それで正解なのだが)
    とにかく葉佩はもう一度石碑の前に戻り、暗号の意味を考え始めた。

    「絵柄はあとで考えよう。時間が多分幾つあっても足りない。
    石碑によると、供物を四つ……つまり4回以内に正解を導く必要があるんだろうね。ってことは、1回目と2回目は簡単だ。石碑に書いてあるよう、玉祖命と布刀玉命の石盤を動かせばいい」
    「ソレデ、残リノ3カラ2ツヲ動カセバイインデショウ?
    ソレナラ一通リ試スノドウデスカ?運悪クテモ、6回チャレンジスレバ正解デマス」
    「うーん、確かにそれが一番手っ取り早いかなー楽だしなー……」
    「ネ?」

    そう提案されて葉佩は微笑み返すが、あまり気乗りはしていないようだった。

    「……不満そうだね」
    「不満っつーか、味気ないってのがあるかな。全部試せば、確かに罠は外せるんだろうがそれじゃ単に確立を試しただけで謎を解いたことにならないだろ?」
    「うん……」
    「謎を謎のままにしておくのは、どうにも気になって仕方がないというか、俺の《宝探し屋》としてのプライドに関わるというか」

    「デモ、新米デス」
    「新米でもトレジャーハンター!」

    言ってることが先ほどと同じようで微妙に違う。

    「……とりあえず、わかってる分だけ動かしてみるわ。
    大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐ動けるよう一応注意しといて」
    「わかった」

    二人が頷くのを確認すると、葉佩は石盤に手を掛けた。
    まず一回目、玉祖命。ぐるん、と音を立てて供物の絵柄が一つずれる。
    次に二回目、布刀玉命。ぐるん、と同じように絵柄が一つずれる。
    それで終わると思っていたのに、周りの石盤も揃ってぐるんと回ったのだから思わず驚いてしまった。
    小さくうめき声を上げると、石盤からぱっと音を立てて手を離す。

    「クーチャン?」
    「や、な、何でもない何でもない。鎌治。今、周りの石盤が何回動いたかわかる?」

    ぱたぱたと両手を振りながら半ば以上照れ隠しに尋ねると、律儀に数えていたのだろう。意外に早く答えが返ってきた。

    「2回だよ」
    「2回かー……2回目に動かしたからかな。それじゃ、次は3回動くのかね」
    「多分、そうやって合わせていくんだろうね」

    がりがりと後頭部を掻いて、また考え込む。
    謎が一つ解けたのは嬉しいが、それでもまだ未消化の部分がたくさんある。

    「でも3、4回目はどれを動かせばいいのかまだ答えが出ない。わかったとしても、結局どれをどの神に捧げればいいのか……つーか石盤の絵の意味は?ああ、結局ここに戻るのか……一つ目は玉祖命、二つ目は布刀玉命。それに、これは天宇受売命?天岩戸だけじゃないのか?違う。ここは五伴緒の供物庫だ……駄目だ、情報が」

    始めのほうこそ二人に相談するような口調だったが、後半は完全に独り言だ。
    邪魔をするのは申し訳なく思ってしまうほど自分ひとりの思いに沈んでいたが、ぽん、と肩を軽く叩かれて訝しげに葉佩が顔を上げる。トトがにっこりと笑っていた。

    「クーチャン。H.A.N.T.」
    「あ」

    滅多に聞かない、間の抜けた声。
    しかし、それがあったかと葉佩は慌てて常時肌身離さず持ち歩いているH.A.N.T.を起動させた。
    無機質な女性の声をBGMに、カタカタとかなりの勢いで指を動かせる。おかげで目当ての情報をすぐに引き出せたらしく、安堵と疲労の混じったため息を吐いた。

    「あー……やっぱ胎児は無理があったよ、トト」
    「ソウデスカ……残念」
    「なんだ、そういうことか……結局……これが……」

    立ちながらモバイルを弄るのは辛いらしく、とうとう座り込んでしまっている。
    何事か呟きながらメモにつらつらと走らせていく文字は、日本語ではなくアルファベットのようだが英語でもないようだ。
    どこかの国の文字を殴り書きし、矢印を引いて説明されてもわからないようなおかしな図形にもっていく。表情から察するに、H.A.N.T.の情報を基にしたおかげで謎はほとんど解けてしまったらしい。
    謎解きを聞くのは葉佩の気が済んでからにしようと、取手は大人しく待っていたが、ふと気がついて口を開いてしまった。

    「……楽しそうだね」

    ぽつりと言われ、葉佩はペンを動かす手を一瞬休めると不思議そうに首をかしげた。

    「そうかな?」
    「うん。凄く生き生きして見える」
    「……そう、だね。うん。化人相手にドンパチ戦ってるよりは、こうやって罠を外すのに一生懸命頭使ってる方が俺には性にあってるかも。宝を探してるんだって、実感できるからかな。下手をしない限り、誰も傷つくことが無いしね」

    そう言うと、葉佩は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
    しかしそれは陰のあるものではなく、照れ隠しの類なのだろう。何だか自分も嬉しくなって、取手もぎこちなくだが微笑んだ。
    葉佩が笑顔を浮かべるだけで、取手の救いとなっていることをこの《宝探し人》は知らない。






    「下手バカリヤッテマスケドネ」
    「……トト、お前後で
    ちょっと校舎の裏に来いや
    「望ムトコロデス!」
    「やめようよ二人とも……先に進まないから」










    「待ってるわよ」

    彼女はそういって、墓に入ってしまった。
    遥かの古に造られた誰かの墓。そこに在るのは、まだ見ぬ財宝だけでは無く。
    眠りを妨げるものへ向けられる幾多の敵意。行く手を阻む数多の罠。
    一歩間違えれば容赦のない死の世界。
    自分で決めたことだから後悔はしていない、けれど。
    けれど、せめてそれまでの過程くらいは楽しませて欲しい。それが本音。
    そう願っても罰は当たらないでしょう?










    トラップに一番悩んだのは双樹さんのとこでした。
    鎌治とトトは可愛いよなあ!って話(そうか?)皆でわいわい騒ぎながら遺跡潜ってればいいよ。

    04.10/11