既視感
「いらっしゃい……おや、お嬢さんか」
からからと気持ちのいい音をたてて扉を開いて入ってきた、馴染みとなって久しい客に骨董屋の主人は好爺々の笑みを浮かべて迎える。
客の名前は、確か藤速巽。
「こんにちはー、頼んでたやつできてます?」
「ああ、できてるよ。少し待っといてくれ」
「ありがと」
そういって彼女が笑みを浮かべた顔は、化粧を施しているわけでもないのにそれだけでも十分整っていて、鼻につかない程度に艶を滲ませいる。
しかし、どこか翳を含んでいて魅力を十分に引き出せていない。
大概にこにこと笑ってはいるのだが、どこか硬さを感じる。
気が弱い、欝になりやすいという訳ではなさそうなだけに、それが妙に気になった。
奥に引っ込んで修繕を頼まれていた品を持って帰ってくると、彼女は店においてある剣や槍や飾り物などを眺めていた。
見るだけでも楽しいと、いつか友人らしい茶髪の剣士と話していたのを思い出す。
「はい、お待たせ。全部揃っとるかの」
「えーと……うん、揃ってる揃ってる」
それはよかったと笑いあって、修繕費の支払いに入る。
懐から取り出した銭を手渡したとき、少しだけ手が触れた。
若い女の、人を討ちつけることに慣れた手と、老人の、乾いた古傷の映える手と。
少しだけ。
少しだけ、巽の顔が変わった。
笑っているのだけれど、よくよく見れば泣いているようにも見える……そんな顔。
似合わない。
彼女のことをよく知りもしないのに、そう思った。
でもそう思ったのは事実で、だから主人は……奈涸は口を開く。
「……お嬢さんは、何か悩み事でもあるのかい?」
「え?」
突然の言葉に、困惑顔になる巽。
「そういう顔をしているよ」
「……っ!」
「そう警戒しなさんな。お嬢さんは笑っていたほうがいい」
「…………」
「……お嬢さんをな」
今しがたもらった銭を数えて保管して。
手にした刀を強く握って、何かをいいたそうでそれでも口を開こうとしない彼女をそのままに、好爺々の笑みのまま言葉を続ける。
「お嬢さんを見ていると、誰かに似ているような気がするんじゃよ」
馬鹿だ。
笑いながらも胸のうちで己を罵倒する。こんなことを言っても何の意味もないのに。
小さく息を呑む気配。自分に呆れただろうか?
「…………誰に?」
「さて、誰だったか……それが思い出せんのだよ。何時会ったか、何処で会ったか……思い出すことができん」
「覚えてないのに、あたしと似てるってわかるんだ」
「手厳しいのぅ」
揶揄するような声に苦笑する。全く言うとおりだ。
それでもやはり彼女を見ていると『誰か』を思い出す。
一体、何時何処で出会ったのだろうか。
どんな顔だったか、どんな食べ物が好きだったか、どんな話し方をしたか。
……そもそも、その『誰か』は存在したのか。
それすらもわからない。
思い出せるようで思い出せないもどかしさ。
何か大切なことを忘れているようで。
胸が、疼く。
「とても笑顔が似合う、大事な人だったということは覚えているんだけどねぇ……」
覚えていることといえば、それ一つだけ。
「……駄目じゃないそれ」
ポツリと呟くような苦笑交じりの声に、聞いていた巽が返した言葉はそれで。
何処となく不満が混じっているような声に奈涸は意外に思う。
「そこまで覚えてるんなら、さっさと全部思い出してあげればいいのに」
「簡単に言ってくれるのう」
「まあね……でも、きっと相手も、思い出してくれること待ってるわよ」
「……そうじゃな」
「そうよ」
そして顔を見合わせて笑いあって。
じゃああたしそろそろ行くわと、ひらひら手を振りながら巽が出口に向かう。
「おお、すまんかったな。年寄りの愚痴に付き合わせてしまって」
「ううん、聞けてよかった」
暖簾をのけて、振り返って髪をかきあげたとき見えたのは額にくっきりと残っている刀傷。
「……今は、それだけで嬉しいから」
去り際に残した声が少しだけ掠れていたことに、何故か奈涸は罪悪感を覚えた。
02.8/1
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