失せもの探し



「……困りましたね」

粗方探し回って、それでも見つからなかったことに御神槌は内心頭を抱える。
動かした覚えがない物が失くなってしまうというのは、気持ちのいいことではない。
村の者にも手伝ってもらって、この小さな教会と家の手入れをしたのはつい先日の話。
御神槌は物を捨てることが苦手なので、誰かに手伝ってもらわないとなかなか掃除が終わらないのだ。
その時誰かが何処かへ移してしまったのだろう。
こんなことなら、例え苦手でも一人で掃除するべきだったと後悔してもあとの祭り。
誰かに聞くのが手っ取り早いのだろうが、まず誰に聞けばいいのかすらわからないのでは問題にならない。
今度はもっと注意深く探してみようと己に活を入れたとき、


「……うっわー。どうしたのさこんなに散らかして」
「巽師!」

前触れ無しに聞こえてきた声に御神槌が振り向くと、案の定入り口には呆れ顔の巽が立っていた。
普段なら茶でも出して雑談を楽しむところだが、今日はそうも行かない。

「これは、見苦しいところを……」
「別に構わないんだけど、本当どうしたの?この前大掃除したばっかりじゃない」
「それはそうなのですが」

小さく苦笑いながら御神槌が状況を説明するより先に、感のいい巽は散らかった部屋と困っている御神槌を見て早々に状況を理解してしまったらしい。
あっさりと行動を見抜かれてしまった。

「もしかして探し物?」
「ええ……あ、急ぐことではないので用件があるならお伺いしますが」
「あ、心配しなくていいよ。ちょっと立ち寄っただけだから。なんならあたしも探すの手伝おうか」
「しかし……」
「丁度上手い具合に暇だったし。あたしが邪魔だってんなら別だけど?」
「邪魔だなんてとんでもない!……それでは、お手数ですがお願いします」
「お願いされましょう!任せて頂戴」
「すみません」
「いい若いもんが気にしないの」

人数は多いほうが探しやすいのは事実。
つき合わせて申し訳ないとは思ったが、巽はそう思っていないらしい。
御神槌の謝罪を気軽に笑い飛ばし、教えてもらった縦長い紺のちりめん袋を探し始める。
床に下ろされた本を一冊手に取ると、もしや挟まってはいないだろうかと軽く捲りながら

「探してるのって、そんな大事なものなの?」
「何故です?」
「だって、部屋をこんなに散らかしてまで探してるし」
「……ああ、確かに」

大切……なのだろうか?
問われて今更ながら考える。
本当に、何故ここまでして探しているのだろう。



探しているのは、ただの安物の簪なのに。










巽がやたら機嫌良さそうにその簪を御神槌の前に持ってきたのは、確か夏の終わり。
鬼道衆の仕事から帰ってきた時の土産としてだ。

「これ、なんだかわかる?」

言って、ニコニコと自分の答えを楽しそうに待っている巽に、さてどうしたことかと御神槌は困惑しながら差し出されたそれを見る。

「簪……ですね」

真鍮を曲げただけの質素な造作で、施されているのは単調な竹模様。
どこからどうみても、女性が髪にさす安物の簪だった。
言うまでも無く御神槌は立派な成人男子で、女物を身につける趣味もない。
意味が全く分からずに返す言葉に困っていると、巽は今度は悪戯っぽく笑って見せた。

「意味、無いように見えるでしょ」
「ように、とは?」
「ちょっとした謎掛け。答えがわかったら教えて」

それ以上、詳しいことは何も言ってくれなかった。
大事にしてくれると嬉しいな、と手渡され。
彼女の出した「謎掛け」の答えはわからなかったけれど、大事にしますと答え、わからないなりに丁重に受け取ったことを思い出す。
価値の全くわからない、無用の物を。










そして、今。
御神槌は必死になって無用の簪を探している。
何時からか大事な人になった巽から貰った簪は、何時からか大事な小物になっていた。



見つけだすことばかり考えていて、それの価値など今まで考えもしなかったけれど。
こんなことを考えるなど、夏の頃には思いもしなかっただろう。
幕府への恨みを、悲しみを、復讐のことばかりを考えていたから。
他のことを考えていなかったから。
今だってその事を忘れたわけでは、無論ない。
ないけれど、少し周りを見渡す余裕が出来たということなのだろうか。


意味のないことに時間を掛けられること。
それを無駄と考えないこと。
何時からか、それを厭わしく思わなくなっていたことに初めて気がついた。


彼女は、これを望んでいたのだろうか?










「……御神槌?」
「あ、はい?」
「どうしたのさ、ぼーっとしちゃって」
「……すみません、少し考え事をしていたようです」
「考え事って、探し物が大切かどうか?」
「ええ」
「そこまで深く考えるようなことなの……?」

呆れた声に、返す言葉が無く苦笑する。
表情で答えを汲み取り、そういうものなのかなと軽く首を傾げて笑った。

「で、答えは出た?」
「ええ。とても大切なものでした」
「……そっか」

なら、なおのこと早く見つけ出さないとねと。
言った彼女の顔が嬉しそうだったのは、多分見間違えではないだろう。





探し物を見つけたとき。探し物が何かわかったとき。
巽がどんな顔をしてどんな言葉をかけてくれるのか。

答えを採点してもらうのが、今から楽しみになってきた。





03.6/2