紅い夢





真紅が押し寄せてきた

紅、紅、紅

炎のような、そして血のような紅が視界いっぱいに広がっている

血のような……?

いや、違う

これは血そのものだ

自分が抱き締めている男からとめどなく溢れる美しく、残酷な色

男の身体はどんどん冷たくなっていくのに自分には何もできなくて



ただ紅い涙を流すことしかできなかった










そんな夢を見た










今夜は冴えた満月で、明かりなしでも足元は明るい。
時計を見たわけではないからはっきりとはわからないが、時刻はおそらく深夜。
そんな時間だというのに、高龍はあてがわれた部屋を出て夜着姿のまま静かな屋敷を歩いている。
ここには何度か泊まっているから大体の勝手はわかっている。
けれど確実に会えると決まっていた訳ではなかったから、あっさり目的の人物を見つけられて少しばかり安堵しながらそっと近づいた。

「……九角?」

縁側で一人、月見酒を楽しんでいる男。この屋敷の主。
九角天童はいつもの人を食ったような笑みを浮かべてこちらを振り返りもしない。

「よお、高龍。なんの用だ?」
「別に。なんとなく起きちまったただけだよ」
「へえ?まあなんでも構いやしねえがな」

そう言って彼はまた酒を飲む。高龍はしばし迷った後、九角の横に座ることにした。

「……綺麗な月だな」
「ああ。たいしたもんだ」
「いいよなー、お前ん家は。月はよく見えるし広いしなにより飯はうまいし」
「お前は花より団子か……」
「ははっ。違いないや」
「……おい?」

自嘲する様に笑いながら、九角の肩に寄りかかった高龍に九角は眉をひそめた。
いつもの彼女なら、たとえ二人っきりでもこのように甘えたりしない。

「どうした?」
「別に……なんでもない」

夜着一枚だけで外にいた九角の肌は冷たくて。
それでも確実に伝わってくる温もりに目を細めながら高龍は嘘をついた。






だって、本当のこと言ったらお前は馬鹿にするだろう?

……真夜中だというのに急に九角に会いたくなったのは嫌な夢を見たから
お前が俺の腕の中で血まみれになって死んでいく夢
一つ間違えれば現実になっていたかもしれない、悪夢
お前が倒れてるところなんてもう二度と見たくないというのに


笑わないお前より 何も言わないお前より
俺様思考で皮肉気な笑みを浮かべながら啖呵をきっているお前のほうが
むかつくけどそのほうがずっといい



だから おまえの顔が見たくなったんだ
俺の横で酒を飲んで無駄話をしている、ちゃんと生きているおまえを確認したかったから

夢は夢だと、はっきりさせたかったから






「……高龍」
「うん?」

そんなことをぼんやりと考えていたから、九角の言葉は完全に不意打ちだった。

「俺は、お前より先に死ぬつもりはねえからな」
「……は?」

思わず九角の顔を見上げようとすると荒っぽい手つきで顎を上げられ

「……!?」

遠慮や思いやりといったものを一切感じられないほど、深く口付けられる。


「……っ!いきなりなにすんだよ!?」
「はん。こんな夜更けに男のトコに来るのが悪いんだよ」
「人がせっかく感傷に耽って……っ」
「知るか」

睨みつけて文句を言っても悲しいかな一向に効き目がない。
それどころかもう一度唇を貪られ。押し返そうとした手も逆に押さえつけられる。
長い茶色の髪が外から遮断するかのように高凛の周りを覆い隠す。



今度は文句を言う余裕も与えられなかった。















嫌な夢を見た

俺がお前の腕の中で血まみれになって死んでいく夢

一つ間違えれば現実になっていたかもしれない、夢

俺はこうして生きているというのに

こうして お前と生きているというのに



こんな馬鹿な夢を見たのは月が綺麗だったからかもしれない



今夜の月は

お前と生死をかけて戦ったとき

あの時と同じように冴えた美しい満月だから










「……俺はまだ死ぬ気はねえよ」

腕の中で眠っている高龍の髪を梳きながら小さく呟く。

「お前を他の奴にやりたくないからな」

自分でも笑える独占欲。でもそれも生きているからこそ芽生えるもの。



「誰が死んでやるか」



障子の隙間から見える月を見上げて、九角はわずかに口の端を吊り上げた。