終わった世界に花束を



花を買おうと思ったのは、別に親切めいた感情のせいではなく単に嫌がらせのためだ。
アイツが可憐な花束を見たときどんな表情をするか。
想像するだけで笑えるな、と高龍は一人思う(人を馬鹿にした笑いで顔を隠すだろうけど)

彼女が花屋の戸をくぐるのは生まれて初めての経験だった。
ろくな花の種類も見分けがつかないので、大体のイメージを相談するとあとは全部店員に任せることにする(女として少し悔しい)

「お見舞いですか?」

セロファンとリボンで花を束ねながら、店員がにこやかに訊ねる。
ええそうですよと、その時は適当に答えておいたけれど。
この可憐な花束がふわふわした儚げな少女のためではなく野郎のために。
しかも死んでいる男のためにつくってもらったと言えば、彼女はどんな顔をしただろう。










物事には相性というのがあって、例えば水と油が溶け合うことはないし、美里と比良坂が打算もなしに二人で微笑みあうようなこともない(例えになってねぇな)
何がいいたいかというと、つまり侘と寂の世界にある和の建築物に鮮やかな黄色の薔薇は似合っていないということだ。
古い寺には、やはり外来の花ではなく日本の花の方がしっくりと来る。
それに、和花の方がアイツの好みにも合うだろう。
最初から分かっていたことだが、しかし菊の花を持ってくる気にはならなかった。


だって、どうして俺がアイツの喜ぶようなことしなくちゃいけないんだ?


毒づいた言葉は、声になるかならないかというほど小さく吐息交じりで。
店員にわざわざつくってもらった花束を、供えるのではなく前に放り投げるとばさり、と思っていたより大きな音がしてひどく癇に障った。
正月はとうに過ぎていたが、少なくなったとはいえこの寺に来る参拝客は途絶えていない。
それでも耳に聞こえてくるのは、他愛ない世間話を交わすその人たちの会話ではなく。
冬の斬る様な冷たい風に吹かれかさかさと木の葉が擦れあう音と、意識してもいないのに出てくるうざったい自分の呼吸音。
冷たい空気。静かな空間。ここから人の活気は感じられない。

まるで死んでしまった世界にたった一人でいるような

そうなればいいと頭のどこかで考えて、馬鹿だなと自嘲の笑みを浮かべる。
矛盾だ。
1年前、一度しかない高校時代を犠牲にして世界を魔の手から救ったばかりなのに。
わざわざ御門や劉たちに敵の総大将の忌まわしい遺品を封印してもらったのに、意味がなくなってしまう。

「……お前のせいだぞ、柳生」

最後の戦いの後、寛永寺のある御堂に封印したのは一振りの刀。
床より一段高いところに奉納されるように飾ってあり、近寄りがたい禍々しさと神々しさを感じさせ、近づくものを圧倒させるそれは酷く美しい。
年代物だが手入れは素晴らしく、初めて手にしたとき、持ち主のそれに対する愛着を感じた。
この刀の持ち主は。柳生宗嵩はもういない。



高龍が殺した。
ありったけの気を込めた拳を叩き込み、彼の骨一本残さず消し飛ばした。



残ったのは、目の前に奉納してある一振りの刀。
別に後悔はしていない。
彼の目的と彼女の願いが相容れることがなく、話し合いや殴り合いで解決するような問題でなかっただけ。
呼べばいつも傍にいて優しくくれるたくさんの仲間たちより、何処にいるかわからなくて平気で人を傷つけてイカレタ高笑いをあげるような奴を高龍は愛してて、向こうも愛してくれたけれど、二人とも相手の手をとることはできなかった。





相性が合わなかった

ただそれだけ





そして、世界を手中に収めようとした柳生宗嵩は死に。
世界を救った緋勇高龍はここでのうのうと生きている。
去年のことが嘘のように、普通の大学生活を送っている。
柳生がいなくなっても、世界は知らぬ顔で昔と変わらない時を刻む。
まるで、最初からそんな男は存在しなかったかのように。
そう考えると、不意に目の奥が熱くなったけれど外からの冷たい風が火照った顔を冷やしてくれた。

誰かのため泣けるほど、もう高龍は優しくない。
存在感を主張する刀から目をそらさずに、高龍は軽く前髪をいじりながら一つため息。

「ほんっと情けないよなぁ、俺って……」

どうしてこんなくそ寒い日に彼女がわざわざ墓参りに来たのかというと、もう触れてくれない柳生のことを何時までも想ってる自分にいい加減嫌気がさしたから心の整理をつけに来たのに(忘れはしない。忘れられるわけがない)
結局、何も変わることはなかった。
付け加えると、薔薇が腐ったら臭いが刀に移る前に捨てに来ないといけないなと、どうでもいいことことを普通に考える自分が馬鹿に見えて笑えた。
みたい、じゃない。馬鹿だ。
ああ疲れた。帰ってテレビでも見よう。

「……じゃあな」

ひらひらと投げやりに手を振ると、そのまま振り返りもせずに御堂を後にする。
どうせまた来るのだから、名残を惜しむ必要もないだろう。



紅い刀と黄色の薔薇がその場に残った。
やっぱりどう考えてもこの組み合わせは似合っていなかった。

















まだ、この男から離れることはできそうにない。






03.1/22