待ち時間
いつものように旧校舎からの帰り道。
「あっ……!信号が変わっちゃう!」
「急げっ!!」
「あ、おい!」
青から赤に変わった信号機の前。
押し寄せる人波に邪魔され仲間と離されたのは、高龍と劉。
「わいとアネキだけ渡り損ねてしもうたな……」
「あーあ。ついてねえの」
「しゃあない。大人しゅう青になるんを待と」
「当たり前だろが。待たずに渡ったら死ぬぞ?」
「おっしゃ!ナイスツッコミやで、アネキ!」
顔を見合わせると、グッ!と親指を立ててにやりと笑う。
人がどんどんやってきて、あっという間に二人は人波の一部になった。
「そーいや前にも似たようなことあったなあ」
「はあ?」
「ほら、前に皆して憑依師を……」
「ああ、あったあった。その時も俺らだけ残されたよな」
憑依師。
街の往来でこんな不思議な単語を出しても、不審に思う人はどこにもいない。
皆、自分のことで精一杯だから。
便利といえば便利。寂しいといえば寂しい。
「あの時わいらは一度会ってるって言うたやろ?
せやからアネキが女やゆうことは最初っから知ってたんやけど、学ラン着てたから驚いたわ。
性転換したのかと思うたで」
「しねえよ」
びしっと威勢のいい裏手ツッコミ。
「この格好のほうが楽だからな。いっそ男に生まれてくりゃよかったと思う時があるよ。
そうすりゃ年がら年中学ランですむし」
「ってアネキ今堂々と着とるやないか、それ」
「ちっ、ばれたか」
「ばれるに決まっとるやろ!」
裏手ツッコミ再び。
向こう側でも何かやらかしたらしく、木刀持った奴が張り倒されていた。
信号はまだ変わらない。
「……まあ、なんや」
「うん?」
義弟がいきなり歯切れ悪くなったので、高龍は不思議そうに見やる。
「どうした?」
尋ねると、劉は顔を伏せてぼそぼそと
「……わいは、アネキが男でも女でも好きやから」
「あっはっは。そりゃどーも。俺も劉が女でも好きだよ」
「ほんならわいら相思相愛やな……って違うわー!」
「こらこら劉。道に座るなんて行儀悪いぞ」
「……座ってるんやのうて脱力しとるんや」
力なく返しつつのろのろと立ち上がって、劉は深くため息をつく。
「ここで言うんやなかった……」
「そういわれてもなあ……」
腕を組んで考え込む高龍を劉は複雑な目で見ていたが、
信号が赤でいる時間があと少しになった頃、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「なんなら、わいがどれだけアネキのこと想ってるか教えたろうか?」
「へえ?じゃあご教授願おうかな」
「ほな、こっち向いて……」
青の信号が点滅する。
たった数分でも待ちたくないからと、車や人が急いで渡る。
待たされていた人は、青になったらすぐ渡れるようにと足を前に運ぶ。
人に紛れて二人の姿が向こう側にいる仲間たちの視線から外れた一瞬の間。
「…………」
「……ま、こんなもんや」
どうでもいいことですけど。
あの薄っぺらいセーラー服で敵を蹴りつけるなんてこと高龍にはできないから
今彼女は学ランを着ているわけで。
当然劉も学ラン姿。
遠目にはどっからどう見ても男同士。
なのに今のコイツの行動はどう始末をつけてやりましょうかねえ?
とか高龍は微妙に麻痺した頭の片隅で考えてたり。
どんな行動って。
そりゃ一瞬のことなんだけど。
やっぱり冬が近いせいで空気が乾燥してるからかホームレス生活で栄養偏ってるからか。
なんていうか思ってたより荒れた唇で(以下省略)
「アネキ?」
「……っの似非関西人!」
「うわっ!」
高龍が振り上げられた腕を劉はあわてて避けて、信号を走って渡る。
人波かき分けて高龍が追う。
「急所ははずしたんやから堪忍してえな!」
「阿呆か!お前一辺三途の川渡って来い!」
「おいこーちゃんどうした……」
「京一!そこの中国人捕まえろ!!」
「はははは!」
それはわずか数分の間の出来事でしたとさ。
02.4/25
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