堂々巡り



2月にもなれば、大学受験は本当にすぐそこだ。
少し前まで身体しか動かしていなかった緋勇高龍も、一応受験生を名乗るだけあって大人しく机の上に参考書やら問題集を並べて頭を抱えている。
最近の彼女のお気に入りの場所は、九角屋敷。
シャーペンを紙の上に滑らす音が逐一聞こえるほど静かな割に、あの図書館のような張り詰めた雰囲気を感じないのが助かるのだ。
座敷に上がるたび屋敷の主が嫌そうな顔をするが、それは見ない振りをしている。



今の時代とは違う文法を使った小説の問題を、高龍は面白くなさそうな顔で解いていく。
右手で気まぐれにシャーペンを動かしていく一方、左手には炒った落花生が一つ。
シャーペンがべたつくのは嫌だから、殻つきのそれを片手で器用に割って中身を口に放り込む。用無しの殻は、屋敷の人が貸してくれた朱塗りの盆の上へ。
九角は相変わらず嫌そうな顔をしているが、あんたに向かって豆撒きするよりはマシじゃん、と高龍が悪戯っぽく言った時、問答無用で彼女の頭をはたいたときよりは見栄えのする顔なので放っておく。
単なる冗談だったし、高龍は豆まき用でなく単に食用として購入したものだったから、一度喧嘩すると延々殴り合いが続く二人にしては大人しくこうして同じ部屋で時間を潰している。


豆を買ったときオマケで付いてきた不細工な鬼の面は、机の上にぺたっとはりついたままで、使い道もないから二人とも興味を向けなかった。


また一つ落花生を袋から取り出す際、高龍はちらりと目の前にいる鬼の頭目を垣間見る。
目に付いたのは、彼が机に肩肘を突いて、何かの古い本を眺めているという光景。
なんというか……珍しい。
同時に、読み終えて次のページをめくったり、邪魔になって前髪をかき上げるという、そのほんのちょっとした珍しい動作がひどく絵になっていて憎らしかった。
憎らしいほど、アイツは美形なのだ。



例えば陽に透ける緩く波がかった赤茶色の髪とか。
乾いた大きく硬い手とか。
寄りかかると安心する広い背中とか。
でも服の趣味が悪くてそこは嫌い。
目は結構好き。
強く鋭い光で射抜かれるとゾクゾクする。
ふと浮かべる柔らかい光は、自分だけのものだと自負してみたりする。
何であの時俺は勝てたんだろうと思うくらい強い。
でも喧嘩中とはいえ、本気で斬りかかって来る男ってどうよ?
下手に甘やかされるよりはいいか。
皮肉気な笑みを浮かべる口は勘弁。
褒め言葉なんて、ここ最近囁いてもくれない。
低い声は好きなので許してやっている。
特に喉が乾いてるときとか色っぽい。
意外と歌が上手い。
すぐ怒鳴るのは嫌。
短気なところも嫌。
自己中なのはお互い様。
よく馬鹿にされるけど、同じくらい言い返すからどっちもどっち。





話がずれた。





まとめると、嫌いなところもあるが好きなところのほうが多い。そういうこと。
何度考えても結果はそれだった。
どこぞの乙女のような自分の思考は、吐き気がする位不本意だったけれど。
でもそれくらいで丁度いいのかもしれない。
もし彼の全てを愛しているというのなら、きっと緋勇高龍は九角天童なしで生きていくことはできない。
そんな人生、考えるだけで吐き気を通り越して死にたくなる。





「……なに見てんだよ」
「あー、九角っていつまでポニーテールしてんのかなとか思って」
「…………喧嘩売ってんのか」
「冗談」

いつの間にか、垣間見が凝視へと変わっていたらしい。
本から目を上げて睨んでくる九角に、高龍は小さく笑ってはぐらかす。

「ただ、さ」
「あ?」

軽く呟くと、高龍は鬼の面を拾って失った存在理由の代わりを与えてやる。
数回折ったそれをよくよく見て見れば、紙飛行機に見えないこともない。
事実、彼女は手首をひねってその即席紙飛行機に変容した鬼の面を遠くへと飛ばす。

「結構アンタのこと嫌いじゃないんだなって、そう思っただけ」


即席の紙飛行機は九角の頭上を越えしばらく宙を飛んだが、すぐに力を失って予想より早く地に落ちたので少し悔しかった。


「……落花生の味がする」
「さっきまで豆食ってたんだから当たり前だろ、バーカ」

軽く触れただけですぐに離れていった唇を恨めしく思う自分が情けなくて、そんな思いをさせる九角が憎らしくて、悔しくて。
ざまあみろと馬鹿にしてやったら乱暴に髪をかき混ぜられた。

























生温かい他人の体温に、泣きたくなるくらい眩暈がした。

























九角屋敷の縁の下に落ちているのは、歪に折り曲げられた無様な鬼の面。
緋勇高龍が知っている鬼は、これよりずっと格好いい。

























「九角ー。連体形接続の『なり』ってどんな意味だったっけー?」
「ああ?断定・存在に決まってるだろうが。んなことも知らねぇのかよ」
「……………………(畜生あとで覚えてろ)」





03.2/3