どぉん
音が聞こえたので足を止めて見上げたら、しかし空には何もなかった。
始まりの合図だったのだろうと適当に決めつけてまた歩き出す。
足を進めるたび同じ方向に行く人が増えてきて、視界にたくさんの屋台が見えてくる。
そして、どこか心が弾む喧騒。
この雰囲気って好きだなあ、と高龍は声に出さずに笑った。
夏祭り
「こーちゃん!」
「京一」
待ち合わせの場所には既にたくさんの人でいっぱいで、見つけられるかなと辺りを見渡して探していたら逆に見つけられてしまった。
待ち合わせしてる人は一人、蓬莱寺京一だけなので後はぶらぶらと祭りを楽しむだけだ。
まあ、今日はそれが目的なのだけれど。
「こーちゃんいつもどおりの格好かよ、つまんねー」
「年がら年中制服の京一に言われたくありません」
「折角の祭りなんだから、こーちゃんも浴衣着てくればよかったのにさぁ」
「着付け知らないんだよね、俺」
わたあめとか金魚すくいとか焼きいかとか射的とかりんご飴とかヨーヨー釣りとか風船とか。
普段目にしないものがたくさん並んだ大通りを、あまりいつもと変わらない調子で二人ぶらぶら歩く。人が多いので、少し油断するとすぐ人に当たってしまった。
「やっぱ人多いなー」
「こういうときは、やっぱり離れ離れにならないように手を……!」
「ところでさ、汗ばんだ人の手のひらって気持ち悪くねえ?」
「…………ああ、そうなんだ」
ちょっとだけ元気をなくした京一は、途中で買った焼きそばやたこ焼きを落とさないよう器用に歩きながら食べている。
高龍もなにか食べればいいのにと誘ったけれど、彼女は暑いから何も食べる気がしないんだと笑いながら首を横に振った。
そんなもんかねえ、もったいない。
無理に食べさせる気はないからそれ以上は誘わなかったけれど、残念そうに京一はお悔やみを申し上げた。
この雰囲気の中で食べるのが美味しいのに。そういいながら、たこ焼きをソースのたっぷりついた爪楊枝で差して口に運ぶ。
ぱくり。
熱い。けど美味しい。
高龍は少しだけうらやましそうにそれを見て、祭りだからなと嘯いて。いつもより少しだけ値段の張るウーロン茶で少しだけのどを潤した。
くじ引きもやった。
どうせろくなものは当たらねえよと店のおじさんの前で堂々と言ってみたら、それがいいんじゃんとか高龍が笑ったので、お姉ちゃんいいこと言ってくれるねと店のおじさんに褒められてた。
引き当てたのは、やっぱり店頭に飾ってあるゲームの類ではなく、どうやって使うのかよくわからないおもちゃだったけれど、高龍はそれで十分らしかった。
京一が当てた子供用の腕輪を珍しそうに見てたから、やろうかと差し出したらお前が持っとけと押し返される。
「祭りに来たっていう、証拠になるからね」
「それなら、ヨーヨーとか面とかも買っていかねえ?」
「ヨーヨーはすぐしぼむからいい。でも面はいいかもな。黒崎たちへの土産にしようか?」
歩きながらけらけら笑っていると、不意に高龍が空を見上げた。
なんだろうと京一もつられて見上げると、白い煙が空を上っていった。
どぉん
夜空に咲いた、色とりどりの大輪の花。
咲いては散っていく、一瞬の美。
綺麗だなぁ。
誰に言うでもなく口から漏れる声は、それだけ。
柳とか牡丹とか花火にも色々名前があるらしいけど、高龍は詳しく知らない。
でも名前なんて知らなくても、こうして感動することができるんだなぁと、なんとなく思いながらまたポツリと呟く。
綺麗だなぁ。
その場に突っ立って、首が痛くなるくらいずっと花火を見ていたから
「こーちゃん!」
名前を呼ばれるまで自分の連れの存在を忘れてしまっていた。
視線をおろすと、何故か京一がぜーぜー息を切らしているので首をかしげる。
どこかで捨ててきたのか、紙皿は彼の手にない。
ちゃんとくずかごに捨てていればいいのだが。
「何してんの」
「あのなぁ……浴衣着た姉ちゃん達の波に押されて、別れ離れになって、一生懸命こーちゃん探してた俺に、その言葉ってきつくねえ?」
「……あ、本当だ。いつの間にかさっきと場所が全然違う」
「畜生……その天然さが憎くて愛しいぜ……」
「お前馬鹿だろ」
「そ……」
どぉん
更に言い募ろうとした京一の声を遮った音に反応して、高龍はまた視線を上に戻す。
頭上でまた美しい花が咲いた。
どぉん どぉん
「綺麗だなぁ……」
「……こーちゃんって、花火好きなんだな」
「花火がなかったらこんな暑苦しいとこに来るわけないじゃん」
祭りの本来の意味を忘れている一言だといえよう。
しかし京一はそんなこと一切気にせず、それならばと整えたばかりの息を弾ませて、
「ならさ、近くにいい眺め場所があるからそっちに行こうぜ」
「そういうトコって人多いだろ?」
「穴場なんだよ。俺はこーちゃんよりここに詳しいんだから、任せとけって!」
な?と手をさし伸ばされて高龍は少し困ったような顔になった。
そういう場所があるならぜひ行ってみたいし、また離れないようにという彼の配慮なのはわかる。
でもそれを取るのには少しばかり抵抗があった。
だって夏の人の体温って暑いんだ。
それに人に触られることも好きじゃない。
かなり我侭な理由で京一の手を宙に浮かせたままにしておくと、京一も少し困った顔になった。
「……あー。ひょっとして、行きたくないとか?」
「そういうわけじゃない。ただ夏って……」
「なら問題ないなーい!さっさと行こうぜ!」
「あ」
言い切ると、京一は高龍の手のひらでなく手首をぐいと掴んで、人をかき分けかき分け早足で歩き出す。
文句を言って振り払おうかとしたが、やめにした。
前に京一がいるおかげで人とぶつかる心配が少なくなったし、京一が楽しそうに鼻歌歌いながら笑ってるのを見て、まあいいかと思ってしまったから。
「……京一って強引」
「気にすんなって」
少しばかりの非難を込めた言葉はやたら楽しそうな声にさらりと受け流されて、俺って寛容だなあとため息をこぼしながらまた空を見上げる。
どこがって殴らないところが。
どぉん
空に咲いては散っていく、一瞬だって見逃せない打ち上げ花火。
道は京一が知っているのだから、折角なので目的の場所に着くまで空をずっと見上げていることにした。
だって綺麗なんだし。
京一に掴まれた手首はやっぱり熱かったけれど、手のひらを捕まれるよりは大分マシだった。
02.8/22
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