むかし Date:2003/12/18(Thu)
蝶野攻爵の右手は細く長い。
ここ数年まともに外出したことが数えるほどしかなかったから、色は白く病弱で食が細いか
ら無駄な肉もない。
箸より重いものを持ったことがないのではと、そう思わせるほど彼の手から生活感を想像す
ることは難しい。
黒ずんだ赤い血が手のひらにこびり付いていればそれは余計に。
しかし鷲尾は頓着することなく、創造主の手を恭しく手に取り指を一本、口に運ぶ。
ざらついた舌が指の腹を吸い、爪をくすぐり、血を丁寧に舐めとっていく。
蝶野攻爵は何も言わずにそれを見ていた。
右手から伝わる感触は、消して不快なものではなかったけれど疑問は拭えない。
新鮮な空気が欲しくてひゅうと息を吸った調子にあわせ、口の周りにはり付いていた、乾いた
血が音もなく剥がれて咳き込んだときに拭うのを忘れていたことを思い出した。
けれど時間にすればたったの数十秒のことなのだ。
「わからん奴だな。お前は」
「……創造主?」
「全くわからない」
わからないのは創造主に盲従するこの男のことか。
それとも彼に好きにさせている自分のことがか。
鷲尾は次の言葉を聞きたがっていたようだが、それきり彼の創造主は口を閉ざして黙り込ん
でしまったので知らないことがまた一つ増えてしまった。