暫く顔を見せないと思ったら、ふと油断した隙に我が物顔で敷居をまたいで高杉が今はごろりと縁側に片肘を立てて寝そべっている。 ここに来る前に何をしてきたか、何をするためにここへ来たのか。聞いても適当にはぐらかすだけで答えないのはもういつものことだ。いつものことだと、そう諦めてしまう程度に桂と高杉の縁は腐れて長い。 高杉は煙管を吹かしながら庭を眺めてばかりでこちらを振り向きもしない。構ってもらいたければ向こうから勝手にじゃれ付いてくるだろう。そうでない時はそっとしておくのが一番だから、桂も寝転がる高杉に今は目もくれていない。 太陽の光は強く空は絵の具を塗ったように青かった。 じわじわという蝉の声が荒れた屋敷に延々と鳴り続いている。 机の上で墨を走らせていると、それだけだというのにつうと水が一筋流れたので桂は汗を拭った。 ああ全く、今年の夏も暑くて敵わない。 かん、と高い音が不意に縁側で響いた。 振り向くと、それで高杉が煙管の灰を庭に落とした音とわかる。 「ヅラァ」 「ヅラじゃない、桂だ。何だ」 「今日は雨が降るぜ」 筆を置いて、桂は空を仰ぐ。 太陽の光は強く空は絵の具を塗ったように青い。 空の青さを強調するように、雲は幾重にも白。 じわじわと庭を震わせる蝉の鳴き声はいつまでもとどまる事を知らない。 つまり、今日はどこまでも快晴だ。 「……お天気お姉さんは、暫く晴れが続くと言っていたが」 「だが、雨が降る。それもバケツがひっくり返るような強い奴だ」 高杉がこちらを振り返る。 人を食うように獰猛な、それでいて何かがあやふやな曖昧な笑みを険のある目と口で作っているものだから、その言葉をどう受け止めるべきか桂は判断に悩んだ。 嫌に自信のあるはっきりとしたその物言いは、これから起こる避け様のない事実にも、単に根拠のない思いつきの嘘のどちらにも取れてしまう。 それともどちらでもいいのだろうか。 もう一度空を見る。余りの眩しさに手をかざして目を細める。 やはり快晴以外の何ものでもなかった。 夕立でもあればさぞかし気持ちの良いことだろう。 今日の墓参りには傘を持っていこうか、なんて思えるくらいの気持ちにはいつの間にかなっている。 「……そうか。雨が降るのか」 呟くと、意外そうな顔でじっとこちらを見詰めてきた。 視線を合わせると、高杉は左の目を細めてにやりと笑って見せる。 「ああ」 それを飢えた獣の瞳だと言ったのは、果たして誰だったか。 太陽の光は強く雲は白く厚かった。 今年も夏が過ぎてゆく。 |
2005.夏