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極悪口説き文句5題







あの長ったらしい髪の毛が鬱陶しくて仕方なかったのだ。






思い返せば、いつだって桂の髪は長かった。長くてユラユラと揺れているものだから、見たくも無いのに視界に入る。あの黒々とした長い髪。指を通せば何の抵抗も無く、さらりと零れ落ちていく。陽の光を浴びれば鏡のように瞬く。綺麗な髪だと、感想を求めればまあ大体そんなことばかりが返ってくる髪の毛だった。だから俺にはかえって不気味に見えたものだ。気味が悪いと何度でも思った。
デカイだけが取り得の古臭い道場でべたべたと汗まみれになっても、誰かを斬るしかすることの無い戦場で血や埃まみれに色を変えても、水で洗い流せばそんなもの最初から無かったかのようにまた黒々としたものに戻っていて、やはり俺の前でユラユラと揺れている。桂が顔を傾けると、同じ角度だけぽとりと零れる。気のせいか、戦の度に艶やかさが増しているようだった。何なんだそれは。汚れれば汚れるだけ、髪というのは荒れるものじゃないのか。坂本や白夜叉の髪は、汚れても洗わないから荒れる一方だ。

血がこびり付くから汚れるんじゃなく、血で汚れを洗い流すから綺麗になるんじゃないか、そんな馬鹿を思いついたこともあった。
他に考えることが無かったのだ。
戦の合間合間にできた暇な時間、視界をあの黒髪が過ぎる度に眼を奪われる。鬱陶しくて仕方が無い。ちょっと離れていたくらいでは忘れるわけがないのだ。仲間内の誰それが邪魔だから切ってしまえと言っても頑なに拒み、黙々と伸び続けていくあいつの長い髪。拒む理由なんて知ったことじゃないし興味も無かったが、見た目どおりプライドだけは高いあいつのことだから、用があってもそのご自慢の髪の毛を触られることを嫌がった。触ろうと伸ばされた手を、無言で叩き落とす、あの尖った眼。それを横で眺めるのはなかなかいい気分だった。幼稚な優越感。

それだけ大事な、あいつの代名詞ともいえる髪の毛を、俺がうざったらしいと思い続けても強引に切り落とさなかったのは、単に戦場で奴の生存を確認するのにそれがなかったら不便だったからだ。
死体と火の手だらけの戦場を見渡したとき、いつも真っ先に目に付くのは黒く長い髪を高く結い上げたあいつの姿だった。それだけで、何か圧倒的な存在感を俺に与え続けていた。鬱陶しいから目に付いた。




















でも、今はもう必要ないだろう?












笑いながら傷口を抉ると、まっさらな包帯から血が滲み出して桂が顔を歪める。全くザマぁねえ。情けないよ、お前。おかしいから喉の奥で笑う。畳に散らばる左右対称の黒い髪。垂直に俺の刀を押し当てた。ひくり、と桂が震える音がする。このまま力を入れたら、それだけでばらばらと切れて離れていくだろう。ずっと夢に見てきたのだ。頑なに短くすることを拒んできた、こいつの大事な大事な長い髪。鬱陶しくて仕方が無かった。片手で掬い取ってキスを落す。昔も時々はこうやって触ることがあった。こうやって一房掬い取って、強く引っ張る。呼びかける。ぐ、と頭をのけぞらせた後、桂は痛みに顔を顰めながら嫌々とこちらを振り向く。
振り向いて、生真面目なつまらない説教をして、悪びれない俺に、仕方ないなとため息をつく。あの尖っていない柔らかなあの顔を、俺にだけは、そう、俺は。


「愛してるんだ」


愛しているんだろうか。だから鬱陶しくて仕方が無かった。触りたくて仕方が無かった。
坂本が桂の髪を撫ぜる度、白夜叉がぐしゃぐしゃに掻き回す度、文句を言いつつも拒絶しないその態度が憎らしかった。触られるのをあれだけ嫌がっていたくせに。俺のものだと、俺のものでもないのに、叫んで世の中の色んなものから引き剥がして閉じ込めてやりたかったのだ。あの時は。
桂が、あの尖った眼で俺を見上げている。何かを訴えている。
くっと笑って、それらを聞き流しながら、俺は掬った髪を畳に落した。
その罪作りな髪の毛は今、俺の下で不気味なまでに美しく散らばっている。



「愛してるから、やらせろよ」



睦言のように囁いて、俺は刀を握る手に力を込めた。








































(ぷつ、と小さな音が畳に沈んで落ちて、愛しい長い長い髪はばらばらと!)