パンドラ



「お前は、不思議な女だな」
「そう?」
「少し前にふらりと現れたというのに、過去に傷ある者たちが住まうこの村で、いつの間にかすっかりこの村に馴染んでしまっている」
「御屋形さんがあたしを連れてきたんでしょ?」
「それはそうだが」

結構な量の酒を酌み交わしているからというだけではないが、巽はいつも天戒のことを「様」付けで呼ぶことはしない。
初めは村の衆がいきり立っていたものだが彼女は一向に反省しないし、
何より天戒自身がそれを望んでいる節があったので仕方なく見逃していたら、今ではそれが当たり前となってしまった。
内の団結力が強いぶん、外の者に厳しいこの村では本当に珍しいことである。
彼女は特に幕府に強い恨みを抱いているようでもなし、主義も主張も、素性すらも知られていないというのに。


「でも、あたしの過去には興味がないっていったのも御屋形さんだ」
「しかし、今の私はお前のことを更に知りたいと思う」
「ま、そのうちね」


ひどく曖昧な約定を交わすのは、いつかの月の綺麗な夜。
不思議な女の正体は結局知れぬまま、今日も村にのんびりと居ついている。