黄昏れ


放課後間近の生徒会室。
生徒のほとんどは、既に寮へ帰ったり部活に出ていたりで、周囲に人気は無い。
元々人の集まるような場所に建っていないけれど、生徒会室は静かだった。
生徒会長の阿門が、西日の差し込む窓を背にして書類に触れている。
それが何の書類か、葉佩は知らない。ざっと目を通して素早く判を押したり署名をしたりする。脇に寄せた紙の束に乗せる。そして新しい一枚を手に取る。それの繰り返し。
確かめる暇もありゃしない。阿門は何も喋らない。
応接用の机に両肘を乗せ、オレンジ色の空を眺めながら。葉佩が不意に訊ねた。

「何か、俺に出来ることはある?」
「何も無い」

にべもない。そしてまた訪れる静寂。
こちらを向いてもくれない阿門に葉佩は口を尖らせる。
まあ葉佩だって彼を見ていなかったけれど、それくらい気配でわかる。少しつまらなかった。

「会長のお手伝いがしたいのになあ」
「こうなったのは、全てお前の所為だろう」
「そうだっけ」

覚えが無い……というわけでは全く無い。むしろ覚えがありすぎた。
適当に流して、ぼんやりと阿門の言葉を胸のうちで反芻させる。
そうか、俺の所為なのか。つーか、俺の所為だよな。

「まだ、俺に出来ることはある?」
「黙って見ていろ」

また切り捨てられた。
黙ってみていろ、だってさ。何だか可笑しくて葉佩は少し笑う。
ゆったりと破られる静寂。不変だと思っているものほど変わるときは呆気ないものだ。
やれるだけのことはやった。後は次の風が吹くまでこの場所で英気を養うことくらい。
葉佩は「あふぅ」と気の抜けるようなあくびを一つして机に頭を乗せる。
オレンジ色の空が綺麗だった。
世界の全てが一色に塗りつぶされてしまいそうな、圧倒的な橙色。


「綺麗な夕陽」


ぽつりと呟く。
夕陽が沈めば、あとは全て覆い隠す闇が広がるだけだ。
誰そ彼時とは、昔の人はよく言ったもの。昼にはあれだけ力強く世界を照らしていた太陽が段々と力を落とし、ついには人の顔など暗く沈んで誰だかわからなくなる。
自分が本当は何をしたかったのかも。
夕陽は宵闇の前触れだ。それでも、夕陽を綺麗と思えるのは何故なのだろう。
動かす腕を止めて、阿門が後ろを振り向く。
自然は人間の事情などお構いなしにただ時間を重ねている。
阿門が小さく呟いた。ような気がした。



「……美しいな」



葉佩が嬉しそうに笑った。