シェイクスピア論 「あの、何か御用でしょうか」 聞こえたか細い声に、柄にもなく肩が震える。 情けないと、そう己を叱咤しながら真理野が恐る恐る振り向けば、そこには想像通り七瀬が本を抱えて立っていた。 せめて挨拶をと、慌てて席を立ち声を上げるが気が動転して言葉が出ない。 「んなっ、なーなな、ななななな、な!?」 「七瀬です。えーと、真理野、さん。ですよね」 「い、いかにも!」 「七瀬ちゃん。マリが最近読書に目覚めたらしくってさ。何かお勧めの本を貸してあげて」 「ええ、構いませんよ。どんな本がいいでしょう?」 七瀬が真理野へ顔を向ける。 静かで知的な雰囲気とおっとりとした顔立ちを持っていて、見る者に小さな緊張と安心感を与える少女だ。 「あの夜」に撒き散らしていた雰囲気とは全く逆のものだが、近寄るだけで胸が高鳴ってしまうほど未知の感情を真理野に与えてしまうことは、どちらも変わらない。 固まっていると、誰かに背中をつねられる。葉佩が大きな眼を上目遣いにして真理野を見ている。 声に出さずに、唇を動かして何かを言った。 頑張んなよ。 「もう帰るんですか?」 「次、移動教室だから」 机に広げていたノートやペン、H.A.N.Tを鞄に放り込みながら葉佩はしゃあしゃあと言ってのける。 ぺらぺらと、ろくに目も通さずめくっているだけだった外国の文庫本。 あれで内容が理解できるのかといつも疑ってしまう。 一体何の本だったのか。鞄にしまう時にそれの題目が見えた。 「恋のから騒ぎ」 何かの嫌がらせだろうか。 今にも逃げ出してしまいそうなほど、緊張して助けを求める真理野に、葉佩はニッコリと大輪の花が咲き誇らんばかりに愛らしく笑った。 「古人曰く。真実の恋が平穏無事に進んだためしはない」 ああ、絶望的なまでに顔を真っ赤に染めた真理野が可愛くて仕方がない! |
まあ、ここから誤解が解けていくわけで(多分)