待ち合わせ


秋も過ぎてこれからどんどん寒くなっていくというのに、最近夷澤はよく屋上へ足を運ぶ。
特別な理由なんてない。ただ、何となく足を運んでしまうだけだ(と、彼は言い張っている)
屋上まで続く狭い階段を登るとき、夷澤は何でもない風を装いながら、少しだけ期待して、少しだけ諦めている。
屋上は当たりが多いけれど、同時にほとんどオマケがついているからだ。
階段を登りきる。扉に手を掛ける。慣れた動作で開くと一瞬の間、冷えた空気が夷澤の体をすり抜けて階下へと走る。
ずれた眼鏡を直して屋上を見渡すと、一人の女生徒と目が合った。更に当たりを探るが、今日は彼女一人だけ。うるさいオマケはどこにもいない。
目が合った女生徒は、にこりと夷澤に笑いかける。夷澤はこっそりとほくそえむ。

大当たりだ。

「おはよー夷澤。まあ、こっちへ来て座りたまえ」
「何してんすか、先輩」
「何してると思う?」

葉佩の隣に座り込むと、彼女と同じようにフェンスに背もたれる。
にこりと笑う葉佩を見ると、両手に何かの機械を持っていた。
何度か見た事がある。遺跡に降りるとき、いつも手放さず持ち歩いている彼女の命綱。
遺跡のデータでもまとめているのだろうか。
気にはなったが、それよりも目に付いたのは彼女の耳に下がる細いコード。
コードは、コンクリートに置かれている小さな機械に繋がっている。ありふれた形のMDプレイヤー。

「九耀さんも音楽聞くんすね」
「お、言うね?これでも俺はちょっとした通ですよ?」
「へぇー?」

実のない軽口を数回、お互いして少し笑う。
何でもない時間だったが、それでも夷澤には充実したものに思えた。

「何を聞いてるんすか?」
「ヒーリング系の曲なんだけど……ええと、題名は何だったかな……」
「聞いてる曲の名前もわからないんすか、アンタは……」
「だって、さっき借りたばかりで名前も見ないまま突っ込んじゃったから……」
「借りた?誰に」
「五葉」
「はあ!?」
「よく借りてるよ。あった、曲名は――」

意外だった。
葉佩が音楽を好むことだけでなく、いつの間にか響とその様な交友を築いていることに。
声を上げて身を乗り出す夷澤に、葉佩は不思議そうに首を傾げる。
何か言ってやりたくて、その実何も言えないことに気づく。
響は葉佩にMDを貸しているだけで、葉佩はただそれを聞いているだけなのだ。

「……だったら、俺も今度貸します。MD」
「楽しみにしてる」

突然の台詞に、しかし脈絡がないとは言えないと判断したのか。
にこりと笑う葉佩に、この人はどこまで気がついているんだろうと。嬉々として音楽の話を始めた思い人に夷澤は溜息をついた。