弓道場(放課後)


「おや、この時間に来るとは珍しい」
「俺だってたまには部活(剣道部)に顔を出しますよ。神鳳んとこはもう終わったの?」
「ええ。丁度閉めようと思っていたところですが……そうですね、よかったらお茶でも飲んでいきませんか?
先日注文した茶葉が届いたので、早速試そうと思っていたところなんですよ」
「え、いいの?」
「勿論。他にも緑茶、抹茶は一通り揃えていますし、少ないですが紅茶に中国茶……そうそう、双樹さんから貰ったハーブティーもまだ残っていたはずです。ぜひ貴女の感想を聞きたいですね」
「……弓道部って、実は茶道部だったんですか」
弓道部ですよ
「や、でも、だって、あれ、離れだろ。しかも造りからして四畳半、入り口はあの侍でさえ身を屈めなければ入れないという小ささの、本格的すぎる離れだろ」
「落ち着いて話をするにはぴったりの場所ですよ。例えば夜な夜な少しずつ減っていく弓矢の話とか」
「……帰っていいですか」
ゆっくりしていきなさい

 

 

 

 

 

Chopsticks


「……面白い持ち方をするんですね」

それが何の持ち方なのか葉佩は理解できなかったが、目の前に座っている夕薙が先に気づいて「成る程」と頷く。

「確かに面白い。よくそれで飯が食えるな」
「ああ、箸のことか」

ようやく気づいた葉佩は、箸を握る右の手元を注意深く観察して数回動かしてみた。小指と薬指で下の箸を挟んで、残り3本の指で上の箸。ハサミの様にしゃきしゃき動かして食べる。
……どこがおかしいのかさっぱりわからない。

「中指の位置が悪いんですよ」

首をかしげていると、斜め前の神鳳が自分の箸で手本を見せた。
すらりと伸びた指がつくるのは、日本人として誇るべき完璧な箸の握り方だ。
見よう見まねで葉佩は箸を持ちなおしてみるが、どうにも決まらない。
夕薙が笑って、神鳳が苦笑する。

「難しいな」
「人事だと思いやがって……えー、人差し指がこうで、中指がここだろ?で……」
「それでは人差し指が遊んでしまうでしょう。こうですよ」
「え、え、ちょっと待って。だからこの指が……」
「ですから……」
「はっはっは、頑張れよ二人とも」

あとで殴る。
爽やかに笑い飛ばされて葉佩は秘めた殺意を燃やすが、

「……失礼しますね」

と神鳳が突然席を立って葉佩の横に座りなおしたことに意識を逸らされた。
席を移動した事を訪ねようとしたら、今度は「お借りしますよ」との台詞。
何を借りるのかと思えば、彼は葉佩の手を上から掴むと、自分の手で固定させて直接箸の持ち方を教え始めた。借りるとは葉佩の手のことか。

「いいですか?まず下の箸は……そう、中央よりも少し上。忘れないでください。二度と動かしてはいけませんよ。そして親指で2本を押さえるんです」

よほど彼女の持ち方が気に食わなかったのだろう、随分と熱心に教えてくれることはありがたいが、しかし葉佩は内心それどころではない。

「か、神鳳……」
「どうしました?」

上ずった声に、今度は神鳳が怪訝そうに顔を上げる。
自分の吐息が神鳳の顔に届きそうで、慌てて葉佩は顔を逸らした。

「少し、近すぎるのではないか、と……」

言われて、初めてこの状況に気づく。きつく握った両の手に、乗り出した身体。
慌てて葉佩の手を離すと己の身を遠ざけた。

「……すいません、ついむきになってしまって」
「いや、こっちこそ……」

何故だろう、相手の手が触れた箇所が熱い。おずおずと視線を上げると不意に目がかち合った。

「九耀さん……」
「あ、神鳳……」

しっとりと濡れた神鳳の声に、うっとりと目を細める葉佩。
何だかそのままお互いを見つめ始めた二人に、夕薙は大仰に肩をすくめて見せた。


「ここはマミーズなんだがな」