Aqua de beber


皆守と葉佩はよく授業を勝手に休むが、よく二人の姿が同時に教室から消えるといって別に示し合わせているわけではなかった。
この日だって、皆守が屋上への扉を開けて葉佩の足を見つけたのだって、それは偶然彼が空を見上げたからに他ならない。
屋上と下の階を結ぶためだけに用意された、正方形の建物。その屋根に椅子に腰掛けるような格好で、葉佩は足を宙にふらふらと遊ばせている。
冷たいはずのコンクリートは、陽の光を浴びて僅かに暖かい。葉佩は足を浮かせたままだらりとコンクリートに寝そべって空を見上げている。スカートが時折吹き抜ける風にはたはたと揺らめいていて、誰かに見られたらどうするんだと忠告するのも馬鹿らしい。挨拶代わりに腹を軽く踏みつける。
ぐえ、と呻く声が全然可愛くなかった。

「何を聞いてるんだ」

葉佩の傍らに置かれたMDプレイヤーは、皆守のところまで音を届けない。初めて見る光景だったから、彼女がどんな曲を聞くのか興味がわいた。

「おいしい水」
「は?」
「日本語で言うと、そういう意味になるんだってさ」

葉佩はイヤホンを外さないまま、皆守を真直ぐ見上げて複雑な笑みを浮かべる。腹を踏まれたばかりなのだ。

「空を見上げながら聞くと、音楽が流れてる様に思える」
「……音楽が流れるのは、常識だろう」
「そうなの?」

不思議そうに首を傾げる葉佩に、どう説明しようか迷ったけれど結局何も言わないことにした。葉佩は日本語が堪能だが、微妙な言い回しに弱いところがある。今回もそれが理由なのだろう。けれどわざわざ説明するのは面倒だった。彼は眠るために屋上へ来たのだ。彼女の隣に無言で腰を下ろす。
葉佩が差し出したイヤホンの片割れ。子守唄代わりになるだろうかと、耳につける。
静かな曲だった。知らない女が音楽に合わせて英語で歌っている。昼食後の午後にお似合いの、甘くて気だるい声。
葉佩に似合うといえば似合う、けれど似合わないといえば似合わない曲だ。
両腕を枕にして皆守も寝そべる。

イヤホンから生まれた歌が、何も映さない灰色の空へ流れて消えていった。