ロートケプフェン


暖炉で火か赤々と燃えている。それを私はじっと見つめている。
パチパチと爆ぜるそれを見ていると、何かを思いつきそうでその実何も思い浮かばない。私の身体を奇妙な虚無感が覆っている。それ以外には何も纏っていない。ただ、私の血で点々と汚してしまったシーツを上に乗せているだけだ。
私の着ていた真赤なショールは、白いブラウスは、スカートは、靴の何もかも暖炉に投げ込まれてそれきりだ。火かき棒で薪を混ぜれば、私が身につけていた灰と、私のお婆さんだったものが、カタカタと何か言いたげに怖ろしい音を立てるかもしれない。

けれど、きっと私は彼女たちが奏でた音楽に耳を貸すこともしないのでしょう。
恐怖心は、いくら抱いても何の役にも立たない。ついさっき知ったばかりなのだから。

割られていない楕円形の卵。きらりと光る銀の鏡。脳裏に浮かんだのはそんなもの。
怖いものなどないと思っていた。世界の中心には確かに私がいた。けれど割れてしまえば内に閉じ込めていたものがどろりと流れ出て、それきりだ。
私は無くしてはいけないものを失くしてしまった。
私の股からつらつらと流れる赤い血は、拭き取ることを許してくれないから今もシーツを汚している。
お祖母さんのために私が持ってきた、ワインとチーズと風邪薬。私の目の前、ベッドに浅く腰掛けて、ワインを喉に流し込む。ゆらゆらと燃える炎の赤に彩られて、見事なたてがみが夕焼け色に染まる。
長いたてがみを綺麗だと思った。大きな腕を逞しいと思った。どこまでも遠くを見通してしまいそうなその両目は、今は窓の外へ注がれている。月光と雪で青白く輝く夜。どこか遠くから、ずっと近くから狼の遠吠えが聞こえてくる。
あれは、仲間の声なのだろうか。まるで狂ってしまったかのように吠えることを止めない彼らは餌がないから飢えていて、だから目の前にいるのは私を、私のお祖母さんを食べるために人間の真似をして今ここにいるのだ。

「俺を連れて行くの?」

私の声に、狼は、私の存在を今初めて知ったように私を見下ろして目を細める。
歯を剥き出しにすると、ぬらぬらと白く光る牙が見え隠れした。

「大きな歯」
「お前を食べやすいようにさ」

肩を抑えられた。私はベッドに縫い付けられる。
唇にきつく噛み付かれて、鉄錆の味が口内を巡る。
私を食べる?
面白い冗談に私は笑った。
窓の外では全ての狼が私達のために祝福の歌を歌っている。