1月26日


エジプトにあるロゼッタ協会本部。
そのロビー、待合室。壁際にある二人がけのソファを一人で陣取って、時折通る顔馴染みの事務員や《宝探し屋》(アラーに感謝を!交際関係がこんなにも狭いおかげで、俺は遺跡の石ころを手のひら一掴み分だけでも手にすることが出来るのだから!)とはにこやかに挨拶を交わす。
口に含んだミネラルウォーターはひどく生ぬるいが、人工の冷気で馬鹿みたいに冷め切ったものよりはずっとマシなものだった。
葉佩はジーンズに引っ掛けた懐中時計を取り出して眺めると、正面を見上げて壁にかかった時計の針を睨む。待ち合わせの時間に50分程足せば、こんな数字になるだろう。
いつものこととはいえ、思わずため息が出るほど正確にダイヤルを回していた日本人が懐かしい。

陽気なイタリア人の、何て無邪気な遅刻癖!
彼は時間を大事にする、愛すべき同胞達全てに謝罪すべきだ!

葉佩は読み終わってしまった新聞を愛用のリュックに詰め込んだ。テッサはまだ来ない。
50分も待てば十分だろう。苦情の電話をかけようと、リュックの底から手帳を引っ張り出す。
ぱらぱらとページを捲り、それがある一点で止まった時に葉佩は思わず目を見開いた。

今日は、1月26日ではないか。
全く、俺としたことが2日も遅れるなんて!

「よーう、待たせたなシニョリーナ。実はそこの角でらくだに襲われた麗しいご婦人が……」
「知ってるからちょっと買い物に付き合って色情狂!」
「そこまで言われてお前に付き合う俺って、つくづくいい男な」





ピンポーン。

「亀急便でーす」
「…………住所間違えたんじゃないですか?」
「いや、君宛の届け物だよ。神鳳充君」

エジプトとの時差、約7時間。
日本は東京にある、某全寮制の學園。
胡散臭げに神鳳は来訪者を見やるが、ジェイドのほうはそ知らぬ顔だ。
初めて彼を見た時は、またどんな酔狂な人間が中に入っているのだろうと思ったものだが、今夜も彼は完璧なまでの忍者姿だ。
外国で育ったせいか、日本かぶれの九耀が彼に憧憬の眼差しを送っていた事を思い出す。
130年ほど時代を間違えてやってきた忍者が置いていった、小箱の差出人の名前を見て神鳳はふっと自分の表情が和らいだことに気づいた。
よほど急いでいたのだろう、確かに見覚えのある筆跡は、しかし歪んで斜めに延びている。
真綿で何重にも包まれた、細工の細かいガラスの小瓶。中の液体が蛍光灯を反射してきらりと光る。
中々素敵な誕生日プレゼントだったが、それに添えられたメッセージカード―これには、さすがに丁寧に書かれていた―は更にありがたい。

わざわざ律儀な人だと、神鳳はひっそり遠い異国の片割れへと思いを馳せる。
彼女と自分との縁はまだ切れていない。


それが純粋に、とても嬉しかった。