カウボーイ


絡まる鎖 答えは廃り
あなたは鏡 恋する余り


「触れてもいいですか、九耀さん」
「……?どうぞ」

我ながら唐突で不躾な質問。
彼女は不思議そうに目を見開くが、にこりと人好きのする笑みを浮かべてあっさり承諾してくれた。
さあどうぞと、子供を呼び寄せるように両手を広げる彼女を前にして、しばし戸惑う。
断れるとは思っていなかったが、元々考えて行なった発言ではなかったのだ。
部活の帰り。僕は弓道部で、彼女は剣道部。
シャワーで汗を落としてきた彼女の髪の毛は未だ僅かに濡れていて、圧倒的な橙色の夕陽を見つめる彼女は、どこかけぶるように希薄な印象を受けた。
何かを悼む様に目を細めていて。
久しぶりに見た顔だった。
だからなのだろうか?あんな台詞を吐いてしまったのは。
既に取ってしまった行動に理由をつけても今更でしかないが。
普段から持ち歩いている弓を持ち直し、指先で彼女の頬をそっと触れた。
弾力のある、吸い付くように滑らかな肌。《宝探し屋》という荒い職業を毎夜こなしていても、こういうところは女性なのだなと妙なところで感心する。
彼女は抵抗しない。両目を閉じてじっと私が触れるに体を任せている。
拒絶されないことに気を良くして、今度は右の手のひらで彼女の頬を撫ぜた。
生気に溢れた珊瑚色の唇。両目を飾る長い睫。今は見えないが、意志の強さが窺える大きな瞳。
黒い髪を一房、横に退けるとくすぐったそうに小さく笑う。
何故だか嬉しそうな彼女を見ていると、次いでに自分まで嬉しくなりそうだった。
表面上は何事もなく、しかし名残惜しく思いながら僕は彼女から手を離す。
何故名残惜しく思うのか、適当な理由をつけて深くは考えないようにして。



この感情に名前をつけてしまってはいけない。
この感情の理由を知れば、きっと僕は僕でなくなるのだろうから。

(だから僕たちはいつまでも二人きり)





九耀さんの目がゆっくりと瞬く。
不満気な暗い茶色の瞳が、不気味なまでに綺麗だと思った。

 

 

 

 

 

 矢井田瞳「孤独なカウボーイ」を聞いてたらわけわかんないことになった