雨
ばたばたと屋根を叩く雨音が嫌で嫌で仕方がなくて、よっぽど電話を叩きつけてやろうかと獏良は思った。
これだから雨は嫌いなのだ。
特にこの時期、この日に降る雨は。
笹の葉をいじりながら、獏良は恨めしく受話器に向かって声をかける。
「お前の日ごろの行いが悪いせいなんじゃないの?」
「……関係ねえだろそれは」
電話の向こうからも雨の降る音が聞こえている。電話から聞こえてくる獏良とよく似た声も、耳をすまさねば聞き洩らしてしまいそうなほど強い雨だ。あの川は幅が広く深いくせに、すぐ増水して渡れなくなってしまう。今年もあの川を渡ることは無理だろう。獏良たちは織姫と彦星ではないから、橋代わりになってくれるカササギもいない。
せっかく気合いを入れて笹の葉の飾り付けもしたのに、馬鹿みたい。
吊るした短冊を手にして、獏良はため息をついた。何も書いていないのは、バクラと二人で願い事を書くつもりだったからだ。どんな小さなことでも馬鹿なことでもいいから、とにかく二人で何かをしたかった。
「御馳走もたくさん作って待ってたのにさぁ」
「へえ?何作ったんだよ。俺様の好物はもちろんあるんだろうな?」
「レアじゃないと食べないってんだろ?」
「ヒャッハァ!気が利くじゃねえか、さすが宿主!」
雨音に混じって受話器から届く、癪に障る笑い声。
楽しそうなのはいいことだが、けれども彼は食べることができない。
獏良の落とした言葉をしきりに拾って、バクラが会話を続けている。
今年も会えないことを気にしてか、彼からかけてきたこの通話は既に数時間続いていた。
いい加減飽きないのかな、なんて内心呆れながら獏良も電話を手放すことができないでいる。
寒いと感じるのは、いよいよ激しくなる雨のせいだ。
このまま一晩を過ごすのは淋しい。
固く閉じられた窓は、しとどに濡れて外が見えない。冷たく激しく咆哮する嵐が、ガタガタとその窓を揺さぶっている。
「会いたいなあ」
受話器の向こう側で、かすかに笑われたような気がした。降り続く雨音に紛れて、彼を知らない人が聞けば驚くくらいに優しい声。耳元でそっと囁かれる。
「俺もだ」
「だったら……!」
バクラのこんな声が大嫌いだ。いつもは鬱陶しいくらいに騒がしくて無茶ばかり言うくせに、ふとした瞬間、ほんの少しだけ、目眩がするほど獏良に優しくしてくれる。その気まぐれな優しさに甘えてしまいそうで嫌だった。
「……だったら、会いにきてよ。今すぐ」
外は酷い雨で、川は増水して渡れない。獏良たちは彦星や織姫ではないから、橋代わりになってくれるカササギもいない。
わかっていても、会いたかった。
冗談めかしてはいたものの、拗ねた口調が自分でも嫌になる。思わず吐き出した自分の言葉に眉をしかめていると、バクラが声をあげて笑った。
「随分と珍しい声出すじゃねえか……ああ、だがもう泣く必要はねえよ、宿主。屋根が見えてきた」
一瞬、言葉の意味が分からなくて獏良は目を瞬かせる。そして少しの間を置いた後、電話を叩きつけるように戻して部屋を飛び出した。
外は風が強く、叩きつけるように雨が降り続いている。
横殴りの雨のなか、視界を凝らせば見慣れた黒服の男が立っている。
ぱちん、と携帯を閉じる音が聞こえた気がした。
雨も気にせず近づけば、にぃ、といつもの人を食ったような笑みに迎えられる。
泣きそうなくらいに懐かしい。
「よお。待ちきれなかったか?」
「……まさか、本当に来るとは思わなかったよ」
呆れた風を装ってそう言ってやると、バクラは声をあげて笑った。
なんだかおかしくて、けらけらと獏良も笑う。
「会いたかったくせに!」
雨でずぶ濡れの腕が獏良を抱きしめる。
すっかり冷えた肌が愛しくて、獏良は頬をすり寄せた。
七夕を書こうと思ったら案の定遅れた。
バクラは盗賊らしく、橋を渡る以外の抜け道もいつの間にか見つけていたりすればいいよ。
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