why do I love you?










      買い物の帰り道、特に理由もなく目をやったショーウィンドーを前に獏良が立ち止まった。
      ぽかんと思わず口を開けて、惹かれるようにふらふら寄っていく。左手は買い物袋でふさがっていたから、そっと空いている右手をガラスにのせて、ほぅ、と息を吐いた。

      「すごいなあ……」

      確か、この前来たときは改装中の張り紙と覆いがあって中を見ることが叶わなかった。いたく殺風景な光景だったため、今の美しい展示物と飾りつけの華麗さが獏良には一層際立って見える。
      獏良の隣で、こちらも意味もなく街の明かりなんぞを眺めていたバクラはショーウィンドーの存在を気づかなかった。気付いても彼の宿主ほどには興味を持たなかったに違いない。
      数歩送れて獏良の横に並んで、意外だとでも言いたげに口を開いた。

      「なに。お前、結婚したいわけ?」

      その店は街によくあるブライダルショップの類だった。キラキラと光る海が綺麗な街で挙式を上げている、幸せそうな新郎新婦の写真が白い額縁に飾られている。下には海外挙式のプランがどうとか引き出物とか招待状がどうのこうのといった、いつの時代も変わらないややこしい事柄について気軽に相談受け付けますよと、カラフルな色を使って色々書いてある。
      獏良が目を留めたのもそんな小道具の一つだった。日本人離れしたマネキンが優雅に着こなし周囲に魅せつけている純白のドレス。
      獏良が女子高校生だったなら、何の違和感も持たなかったのだが。

      「結婚はあと20年くらい遠慮しとく」
      「へー。それまでにお前みたいな変人貰ってくれる奴が見つかるといいな」
      「いなくても問題ないけどね。それより見てよここ。違う、この飾り」

      誰も頼んでいないのに説明を始めた。
      バクラはてんで興味を持たなかったが、実際目の前のドレスは文句の言いようもない上等で意趣の凝らされた美しいドレスであった。
      華やかで愛らしいプリンセスライン。スカート部分に重ねられたオーガンジーは全て純白だが、虹のような光沢と適度な張りが合って、透明感のある重なり合いが巧みである。
      ブーケやヴェール、髪の毛に編みこまれたベイビーローズは生花のようなみずみずしい鮮やかさがあって、花嫁の初々しい愛らしさを十二分に引き立たせるであろうことが容易に想像できた。
      しかし、なんでこの男がウェディングドレスについて解説できるのだろう。
      聞き流しながら、バクラはネットでキャラドール製作者と事あるごと熱いチャットを繰り広げている宿主を胡散臭そうに見やったが、彼の琴線は近いようで異なるところに触れていたようだった。
      ドレスの胸元や袖口、襟にあしらわれた、美しいパールやビーズの刺繍。カッティングによって生まれた立体感のあるシルエット。
      時には繊細に、時には豪華、大胆にあしらわれたそれらに獏良の視線は注がれている。結婚式を控えた花嫁のように、うっとりと蕩けるような笑顔でではない。目を細めて注意深く細部を見極め、覚え習い、自らの糧に加えようとする技術者の目だとバクラは思った。
      獏良は趣味だろうが実益だろうが、可能な限り自分で出来ることは何でも自分で作って何とかしてしまう人間だ。料理洗濯家事全般、ゲームでも人形からジオラマ作りまで全て他人の手を借りることは滅多にない。
      自身が製作者のため他より美しいもの、完成されたものに酷く関心を寄せるところがあるのかもしれない。
      一人頷きながら、今度はもう少し真面目に目の前のウェディングドレスを眺めた。しかし、何度見ても綺麗だねえとその程度の感想しか浮かんでこない。元々バクラには衣類のこだわりがほとんどないのだ。
      金銀をごちゃごちゃと飾り付けた派手な服を好んではいたが、それとて周囲に自身の攻撃的、傍若無人な一面を見せ付けるための演出でしかない。

      (あー、それでも)

      隣に立つ獏良を見守りながらバクラは考えた。純白の、純真可憐を象徴する愛らしいドレス。彼が着たらどんなに似合うだろう。ひとりで全ての世界を形成しようとする、ある種潔癖な純真さを持った彼には似合いの衣装なのでないだろうか。
      青みをおびた彼の白い肌は、光沢のあるなめらかで白い衣装にするりと同調して着こなしてしまうだろう。
      細身の身体に散りばめられた濃紺のビーズ、咲きかけのベイビーローズは可憐な雰囲気を助長するに違いない。
      すらりと伸びた足を包む小さなヒールとガーターベルト。大粒のネックレスが強調するか細い首。ヴェールから垣間見える穏やかな愛情と恥じらいを含んだ深い瞳が見つめるのは、勿論自分以外にありえない。なかなか面白い趣向だと思い、目を細める。

      バクラは自身の服には最低限の興味しか持たないが、相手を見立てて飾り付けるのは得意であった。
      勿論相手の意見はお構いなしである。

      「……イイな、これ」
      「でしょう?職人だよねー」
      「お前、今日夜空けとけよ」
      「えー。何それ」

      訳わかんない。といって無邪気に笑う獏良の顔はやっぱり可愛らしかったので、バクラは満足げに頷いた。






















      その夜は花嫁プレイだったそうです。

      (お前がそんな趣味持ってたなんて知りたくなかったよ!)










      why do I love you?=獏良くんの心境。嫌だったらしいです(そりゃそうだ)
      たまには明るい話も書きたいなあと思ったんですが、不快に思われたらごめんなさい(苦笑)