遺書 名前を呼ばれたような気がした。 喉が引き攣った様に掠れた、何かが削り取られているような痛々しいそれでも大きな叫び声。 お前がそんな声を出すなんて珍しいね。 ねえ、何がそんなに苦しいの。それとも悔しいの? 気になって仕方がなかった。だってお前がそんな声を出すなんて。 身体を起こすと、砂がさらさらと両手や髪を通ってすり抜けていく。 つい最近仕上げた作品だからすぐにわかった。TRPGの砂漠に使った砂だ。 何故僕はTRPGに突っ伏して倒れていたのか。 そう疑問に思うより先に、遊戯くんや城之内くんたちの心配そうな顔が視界に映る。 次々と掛けられる労りの声。 心配してくれるのが嬉しくて、安心して欲しくてとりあえず僕は微笑む。 気遣ってくれる彼らの優しさが何故だろう、胸に苦しくて仕方ない。 僕の名前を呼んだあの声は、どれだけ耳を済ませても聞こえてこなかった。 だから、それ以来僕はアイツの声を聞いていない。 うざったいくらい身近に感じていた、アイツの気配も感じていない。 リンと涼やかに音を鳴らす、冷たい金属の手触りが正直懐かしい。 すっかり陽が落ちて暗くなった自室。自分以外に誰もいない空間。 机の引き出しからM&Wのカードを取り出すと、椅子に座って一枚一枚捲っては中身を確認する。 悪魔やアンデットを主力にした40数枚のオカルトデッキ。 アイツが自分で考えて構築した、アイツだけのデッキ。 重荷なカードが多い分、コンボが決まればかなり意地が悪いデッキな辺り、製作者の性格を思わせる。 アイツが何か形に残るものを残したものといえば、どれだけ考えてもこれしか思いつかなくて実際それは事実だった。 鋭角的なデザインの黒コートも、古代エジプトをモチーフにしたTRPGも全て僕自身が用意したものだから。 奪ったり壊したりするばかりで、何かを維持することとは無縁の奴だった。 M&Wだって、もう一人の遊戯くんと戦うために必要だったから集めていたに過ぎない。 それでも僕にとってはアイツとの数少ない思い出の品であることに変わりはなくて、デュエルシティが開催されてからは毎日の様にデッキ構成に悩んでいた姿を思い出す。 カードの表面を軽く撫ぜて、僕は一人苦笑した。 まだ、昔を懐かしむような年じゃないんだけどねえ? 僕や遊戯くんたちを困らせては、心底楽しそうに癇に障る笑い声で挑発する。 負けるかもしれないなんて、きっと考えたことがないんだろう。 いつも呆れるくらい無駄に強気で、それでも何度も負けて悔しいだろうに何食わぬ顔をして笑い飛ばしてた。 コイツは核が落ちてきても生き延びる。 根拠もなくそう思いたくなる位、本当に無駄に行動力と生命力に溢れてた。 だから、今度もまた何食わぬ顔をして帰ってくる。 そう信じたい自分がいる。 その「今度」はまだ来ていないのだけれど、二度と来ないと断言することが僕には出来ない。 アイツは何も言わずに僕の前から消えてしまったから。 王を迎えた冥界の扉は硬く閉ざされ、役目を終えた地下の遺跡が崩れ去った。 ファラオは来世へと旅立ち、千年アイテムは全て地中深くに消えてしまった。 千年リングもとうに僕の手から離れてしまったというのに。 「 」 あの時聞こえた叫び声。 喉が引き攣った様に掠れた、何かが削り取られているような痛々しい声。 傲慢で自己中な奴だから、自分が負けるなんて認めたくなかったのかもしれない。許したくなかったのかもしれない。 アイツの声は、少しも諦めていなかった。 最後の最後まで生き抜こうと、必死で足掻いてた。 サイドデッキから死者蘇生のカードを見つけて、僕はもう一度苦笑する。 闇のゲームに負けて、千年リングに封印されて。アイツもエジプトの砂漠に埋もれてしまった。 真実は文字通り地中深い闇の中。 生きてる証拠なんてどこにもない。保証もない。 同時に、奴が消えてしまった証拠だってどこにもないんだ。 ねえ、お前との別れが中途半端過ぎて僕は前にも後ろにも進むことが出来ないよ。 僕はこんなにも君が死んだ証を欲しているのに。 バクの人は遺書を書くような性格には見えないなあと。そして往生際が悪いのは私。
04.12/27