王子様のキスで永い永い眠りから覚めた眠り姫。
「くだらない」と嘲笑うアイツに、夢がないと僕は返したけれど。

本当は僕も同じ考えだった。










寓話










……どうやって帰ったのか、正直思い出すことができない。
正確に言えば、美術館で遊戯たちと別れてからの記憶が抜けている。
ただ、気がつけば一人、真っ暗なマンションの玄関にぼおっと立っていた。
普通に考えればおかしい話なのだが、彼にとって奴の存在に気づいてからはよくあることで、別段珍しいことではない。
今度は一体、何をしでかしてくれたのか。
ほとんど無意識の動作で獏良は胸元に手を伸ばし、
しかし予想していた金属の冷たい感触を感じることはできなかった。
外気にひんやりと冷えた自分の平たい胸と、ごわごわした厚地の黒コート。それだけ。
ざわざわと、胸の奥が落ち着かない。
何が欠けているのか、よくわからない。

























「ゲームは終わったんだ、獏良」

























安堵に満ちた、慈悲を投げかける支配者の声。
僕たちは、まだ何も始めていなかったのに。
僕たち?それって誰のこと。

砂に埋もれ、廃墟と化したTRPG。
時間と手間をかけただけの事はあって、かなりの自信作だった。
カタストロフィを起こしたのは誰。















「何にも心配する必要はねえんだよ、宿主サマ」
「嫌なことは、俺様が忘れさせてやるから」





誰かに似ている、この声は誰のもの。
あんな約束、しなければよかった。
お前はいつだって、何でも一人でやろうとするから。
全部、中途半端なくせに。
僕が何を望んでいたか、知ろうともしなかったくせに!















ブラインドから差し込む、仄かな月明かりだけを頼りにリビングへ向かう。
何時の間に着替えたのか。着ていた筈の制服は、無造作にソファに脱ぎ捨てられていた。
ラックにはデュエル関係の雑誌が乱雑に放り込まれている。
これで整理したつもりなのだろうか?これでは皺ができてしまうと、獏良は眉をしかめる。
部屋に残っている、自分と、自分以外の誰かが生活していたとわかる気配。
そういえば、冷蔵庫にはまだたくさん肉が残っていた。
とても食べきれる量じゃない。一人では。


自分には全く似合わない、悪趣味な黒コートごと、獏良は己を強く抱きしめた。

辟易するほど傍にいた、傍にいてくれた、憎らしいアイツはどこにもいなかった。




















3000年前を生きた盗賊と、現代で逢った。
まるで昔話のように不思議な話。
王子様はお姫様に幸せを贈ったけれど、アイツは僕に何をしてくれた?
砂糖菓子のような夢物語なんて、現実には存在しない。
友達を傷つけ、自分を傷つけ、嫌味に笑ってばかりで本音をさらけ出さないまま。


僕はアイツに、何をしてやれた?










首が締め付けられたように息苦しい。熱くなった目頭を隠すように、両手で顔を覆う。
何故泣きたいのか、誰のために泣いているのか自分でもよくわからなかった。







































「エジプト?」
『……うん。獏良くんも、どうかなと思って』
「……いいね。僕も行くよ」

王子様のキスで永い永い眠りから覚めた眠り姫。
キス、なんて僕たちにはとても似合わないけれど、
せめて叩き起こして不機嫌面のお前に文句の一つくらいは言わせてほしい。

それくらいの夢なら、見てもいいだろう?










つくづくバク獏が好きなんだなあ、と気づかされた回。消化不良だ。おのれ。

04.2/20