ずっと昔についた嘘










      ユニットを選び、メニューを開くと攻撃を決定。
      背後から振り下ろした斧の一撃は、敵にかなりのダメージを与えたが止めには一歩及ばず。
      反撃を受けて、キャラクターは疲労したように片膝をつく。
      獏良は少し考えこむと、他のユニットにカーソルを移動させた。
      プレイヤーの意思に従って紫紺のローブを着た老人が攻撃魔法を放つと、十字に光る光弾が降り注ぎ、効果範囲内の味方ごと敵は倒れた。
      聞こえてきたふたつの断末魔がSRPGの割に生々しい。


      「あーあ、可哀相に」


      ヒャハハ、と耳元で聞こえてくる笑い声がうるさい。
      後ろから手を回して抱き付き、肩に顎を乗せてゲームを見ている3000年前の亡霊(自称盗賊)を獏良は先ほどから鬱陶しく思っているのだが、引き剥がそうとしても手が半透明の身体をすり抜けるだけだし、離れろと言っても笑うだけで全然聞いてくれない。
      おまけに機会を見つけてはシナリオやシステム、獏良の進め方などに一々文句をつけてきて、いくら無視してもこちらが根切れして嫌々ながら返事を返すまで延々喋るのをやめようとしない。
      何をしたいのか知らないが、嫌がらせになっていることは確かだ。
      それとも単に暇なのか。暇なのかコイツは。獏良は何度目かのため息をつく。
      バクラは全く気にしないで笑う。

      「アイツも報われねえよな。敵ごと味方に殺されるなんてよォ」
      「仕方ないだろ。これ以上無駄な動きはできないんだから」

      このゲームは、戦闘中何か行動を起こすたびに時間が流れる。
      ターン数とその時間によって、戦闘終了後にランクがつけられる仕組みだ。
      こだわり派の獏良としては、ぜひ高評価を狙いたい所。
      そのためにはキャラクターに無駄な動きをとらせることはできないし、敵が行動した分もカウントされることを考えると、味方を犠牲にしても始末した方が効率がいい場合も出てくる。
      ところがそれをすると、同時に絡まれる可能性も大きくなるわけで。
      いっそ電源を落としてクッション投げつけて外に逃げようかとも考えるのだが、後ろで笑ってる居候のせいでわざわざ予定を変えるのは、何故だか奴に負けたようで癪に障る。
      最早意地でテレビの前に居座っているような気がしないでもない。

      「目的のためにはー、ってヤツ?容赦ないねえ」
      「嫌な言い方するなぁ。死滅はさせてないからいいじゃないか」
      「それもランクの条件に入ってるからだろ。こいつはオレ様も油断できないな」
      「へー」
      「うかうかしてっと、通行の邪魔だからとか言って宿主に捨てられそー」

      させねーけどな!と、馬鹿みたいに笑う声が、空気を震わせることなく獏良の耳に響く。
      そう思うんなら人の体勝手に使うな、とか。
      居候らしく、食べて散らかすだけじゃなくて家事の手伝いを少しは覚えろ、とか。
      そもそも自覚してるなら改めろ、とか言いたいことはたくさんあるのだが。
      ……本当に、嫌なヤツだと獏良は眉を寄せる。
      後ろで笑うバクラにその顔は見えない。

      「……僕の台詞だよ、それ」
      「あ?何?」
      「お前が、僕を捨てるんだろ」
      「なに。寂しいの?可愛いこと言ってくれるねー宿主サマってば☆」
      「だって事実だし」

      コントローラを握る手も、テレビを見つめる視線も変わらないけれど、ただ声色が硬い。
      調子に乗りすぎたかと、内心舌を打ってバクラは笑いを引っ込める。
      抱きしめた腕はどれだけ力を込めても宿主の身体に沈むだけで、何も伝わらないのが不満だった。

      「前に言ったろ。お前を永遠の宿主に決めたって」
      「そんな昔のこと、まだ覚えてたんだ。珍しいね」
      「闇の力を手に入れても、傍に置いといてやる」
      「僕、モノじゃないし」
      「……マジで機嫌悪いな。宿主」
      「別に」

      するりと腕を解き背中から離れると、獏良の前に移動し顔を窺う。
      テレビが見えにくくなったが、続ける気なんてとうに失せていた。
      ただ、顔を見られたくなくて獏良は顔を伏せる。きっとひどい顔をしているだろうから。

      バクラの言葉が無くても、「宿主」としては考えてしまうのだ。
      自分が死んだら、消えたら、いなくなっても、この亡霊は千年リングの中で生きていて。
      そうして次の「宿主」を探し求めるのだろうと。
      三千年間、そうしてきたように。
      そして僕のことは、きっと忘れてしまう。
      炎に灼かれて消えていった、名前も知らない「宿主」たち。
      三千年間、そうして千年リングは受け継がれてきた。





      「もう決まってることなんだぜ?」

      例えば決闘の時見せる残忍な眼の光を潜めてバクラが言葉を紡ぐたび。
      友人達を人形に変え、引き離していった手が全てを忘れたように優しく抱きしめてくるたび。
      そのたび獏良は考える。そして思う。

      「体中の肉が変な汁出しながら腐ってって、虫が湧いてぐちゃぐちゃに崩れて原型留めなくなっても、真っ白い骨になってもずっとな。死んでも放さねえ」
      「……人の身体使ってなんて想像してるのさ。やめてよね気持ち悪い」
      「ゾンビや異星人見て大喜びしてるオカルトオタクが我侭言うんじゃねえの。
       それだけテメエのことが大事だって意味だよ。察しろ」

      獏良の手を掴み、持ち上げる。細い腕。
      実体がないからそれは無意味な行為に見えたけれど、獏良がきちんと動作にあわせて腕を上げてくれたのがバクラには嬉しかった。
      三千年もの間、ひたすらに求め続けていた一人の人間。
      指先に音を立てて口付けをし、それは愛しげに彼の宿主を見上げる。
      浮かべた笑みは、同じ顔なのにこんなにも違う。





      「傍にいてやるよ、宿主サマ。嫌だって言ってもな」





      結局、獏良は困ったように笑いかえしただけだった。
      そうやってお前が笑うたび、僕は騙されそうになるんだよ。










      嘘→「永遠の宿主」宣言。
      一世一代の告白は全然信じてもらえませんでした(悲しいね!)(私の頭がね!)

04.2/28