助けて嫌だ死にたくないまだ誰か誰か助けてお願い!!




















音の無かった空間に悲鳴が響く。
沈黙を保っていたスクリーンから次々と、血を吐くような大勢の怨嗟の声が。
それは既に言葉ですらなかった。
真っ白だったスクリーンからは思わず吐き気を催すかのようなおびただしいまでのどすぐろい

「……っ!」
「辛いなら見るな」

恐怖に固まり、見開いた両目を塞がれる。
耳を劈く悲鳴を遮ったのは、聞きなれた、けれど強張った硬質の声だった。それでも数多の声は途切れることなく耳に入ってくる。何かが切り裂かれる音。鞭で打たれる音。「何か」が投げ込まれてぐつぐつぐつぐつと煮えていく。気泡の弾ける音。誰かの上げる笑い声。嬌声……ああ、なんて酷い話。

「すぐ、終わるから」

獏良は唇を引き結んで、何度も頭を振った。視界を遮るバクラの手をとって、引き離す。
視界が滲んでしまっている。だからきっと自分は泣いている。それでも目の前の惨劇を見てみぬ振りはしたくなかった。
今度は自分がバクラの手を強く握り締める。
いつも人を食ったような皮肉な笑みばかり浮かべている、案外表情豊かな彼が、今だけは全ての感情が抜け落ちた顔をしていた。

この人はこんな辛い顔で全てを見ていたのかと、悲しくなったけれどバクラが泣かないものだから大声で泣けなかった。
スクリーンには灼熱に燃え黄金色に輝く液体状の金属が石板に注がれている。
見覚えのある7つの鋳型。

かつて99人の人間だったモノが人の尊厳をなくしていく様を、二人は最後まで見ていた。
見ていることしか、できなかった。








































「これで終わりだ」

小さくバクラが呟いたのは、全ての映像が終わり、消え去って、それから暫くしてのことだ。
スクリーンは既に真っ白に戻り、仮初めの映画館を静かに照らしている。
口元に手をやり、無言で涙を流す獏良を見てバクラは口元を歪めた。侮蔑と憐憫。憤怒。何でもいい。
お互いがしっかりと握り締めていた手を外し、獏良の顔に伸ばす。流れる涙を掬い取って、何かを言おうと開いた口を舌で絡めて黙らせる。何も聞きたくない。無言の圧迫が今までのバクラを束縛する全てだった。幾多の恨みの声はバクラ個人だけに向けられたものではない。けれどそれを耳にすることができたのはバクラだけで、それに応えたのは自分なのだ。今更救われたいなどと、そんな虫のいい話。
ひたすらに口内を蹂躙していると、ぎゅっと背中に腕が回され抱きしめられた。獏良が無言で見上げている。泣いて真っ赤に晴らした目をしっかりと開いて、淋しいと一言呟いた。
仕様が無いという風に、バクラは笑った。悲しくて悲しくて仕方が無くて、それでも嬉しかったのだと言いたげに目元を綻ばせて。



彼は笑ってくれたのだ。






























乱れたシャツに腕を通し、何でもない風に出口へと向かう。
声が聞きたくて呼び止めた。

「……行くの?」
「ああ」

呼び止めると、こちらに背を向けたまま素っ気無い返事が返ってくる。
そんな気はしてたけどなあ、なんてこの期に及んでぼんやりとした自分の頭に苦笑した。気だるいから客席の背に頭を乗せて、それでも前からずっと言おうと思っていた言葉で彼を送り出す。

「いってらっしゃい」

ひくりと、一瞬肩の震える気配。
おかしいんだか可愛いんだか、もう一度笑う。今まで何度も口にして聞いてきたくせに(本当は送り出したくなんて無いんだよ)

「……いってくる」

やっぱり素っ気無い返事。それでも彼は肩越しに振り返ると、スクリーンの白光を受けながら、あの真っ白い化け物が浮かべたあの表情といったら!
しばらく忘れられないなあと思いながら、客席に座ったまま、白い光に照らされた空白の時をしばし過ごした。
まだどこか夢を見ているような心地で、ああ、そもそもこれは夢なのだったと一人白い息を吐いた。
(全てが消え去ってしまった今でも、僕はお前のことを夢見ている)










時は来たりて
夢は夢


だから扉の前で夢を見る



おかえりなさいと、彼に微笑む真っ白な夢を





(ねえ、僕の元に戻ってきてよ!)










……乙女?つーかウチの二人はお互い気を使ってるんだろうか(聞かれても)

 06.5/6