つめたい手 職員室からの帰りに廊下を歩いていたら、御伽と目があった。 数人の女生徒と何か楽しげに話している様子だったから、獏良はへらりと笑いかけただけで通り過ぎようといたけれど、御伽は彼女たちと二言三言交わしてすぐに別れてしまう。 くるくると髪を指に巻きつけながら、そうして獏良に笑い返した。 「今から帰り?」 「うん。御伽くんも一緒に行く?」 獏良が珍しく誰かを誘うのは、遊戯たちと帰りに遊ぶ約束をしていたからだ。 昼休みに約束を結んだとき、獏良も御伽もその場所にいた。 日直の仕事を獏良が終えるのを、教室で遊戯や城ノ内といったいつもの面子が待っている。 「僕は、用事ができちゃってね」 「そうなの?残念だね」 「そう。残念なの」 鸚鵡返しに答えて、御伽は悪戯っぽく笑った。 真面目な性格の割に大仰な格好や仕草が似合う彼のことを、獏良は嫌いではない。 何かを考えこむように宙を眺め始めたかと思うと、すぐにやめて小さく肩をすくめてみせたその振る舞いは、御伽だからこそ様になっていた。 「……っていっても、これは単なる建前なんだけど」 「?」 「今日は、悪いけどそういう気分じゃないんだ。 あ、このことは皆に黙っててもらえるかな」 「それはいいけど。どうして?」 どうして、と尋ねた意味はいくつかあった。 何故そういう気分なのか。何故自分に言うのか。他の皆はどこまで知っているのか。 気にはなるけど、はぐらかされたらそれはそれで構わないと思っていた。 その程度の質問だ。他人の事情には興味が旺盛なほうではない。 だから御伽が窓の外を見ながら返す言葉を捜し始めた時には、申し訳ないなと思わず心の中で謝ってしまった程だ。 御伽の耳を飾るダイスのピアスが、きらきらと光を集めてまるで熱を閉じ込めているように見える。 窓から見える夕焼け色の空は、まるで燃えているように赤かった。 本当に燃えていたのかもしれない。何となくそう思う。 「どうしてだろうね……時々、一人になりたいときってあるじゃない。何があったって訳じゃないけど、ふとした瞬間、皆と一緒にいることが苦痛に思うときがある。 多分、それが偶然今日だったってだけの話」 「……それだけ?」 「それだけ」 結局、上手い言葉は見つからなかったらしい。茫洋な言葉の羅列に獏良は首をかしげる。 笑う?と聞かれたので、しかし今度は横に振った。 「僕にもそういう時ってあるよ。……淋しいと思うけど」 「本当?」 「うん」 「……ありがとう」 安堵したように息を吐くと、髪を弄りながら御伽は笑った。 「本音を言うとね。獏良くんならわかってくれると思った。何となく、だけど」 どこか嬉しそうに言われたのが嬉しくて、つられて獏良も笑った。 廊下を歩きながら、御伽の言葉を思い返す。 御伽と獏良は違う人間だから、考えることも思うことも当然違う。 完全に理解することなど不可能だ。 わかってくれると思った。 彼が何故そう思ったのかは知らない。わからない。 ただ、どこか似ているところがあったのかもしれないとは思う。 御伽の言葉に、獏良は控えめにだけれど賛同した。 「……人間って不思議だよね。あんなに欲しかった友達なのに」 ずっと友達と遊んでいたい。 それが獏良の、今も変わらない昔からの願いだ。 千年アイテムは持ち主の願い事を一つだけ叶えてくれる。 獏良の場合は、千年リングが大きく曲解して願いを叶えてくれたせいで苦労してきたけれど、色々あって童実野町で大切な友達ができた。 無条件に信頼することができる、絶対に裏切ることも裏切られることもない。 かけがえのない、大事な大事な宝物。 それなのに、時々それを息苦しいと感じて彼らと距離を置きたいと考える自分がいる。 一人でいる時間が長かったせいだろうか? 苦笑を浮かべて、獏良は胸元に手を当てた。 制服に隠れて、今は目に見えない疫病神。 ずっと一人だと思っていたけれど、彼は一人ではなかった。 存在に気づかなかっただけだ。 奴は、決して暖かくも親切でもない。 実体が在るのならきっと酷く冷たい身体をしているのだろう。 教室への帰り道。どこか不快気にリンと千年リングが澄んだ音を鳴らした。 『酷ェ言い草だなあ、オイ』 奴は、誰よりも何よりもずっと獏良の傍にいる。 温度を感じさせない両手で宿主を抱きしめて離さない。 御伽くんと獏良くんが微妙に仲良かったらいいなあって思います。御獏でもよし。 一応理由はあるんですよ。ほら、バクラ繋がりとか。背景繋がりとかでさ。(……)
04.3/11