モノ好き達の秘かな愉しみ










遊戯たちとの花見の帰り、皆で飲んで食べて大騒ぎして。少しだけ桜を楽しんだ。
すっかり遅くなった夜道から顔を上げると、小さな星が一つ二つと散らばっているのが見える。
弱々しくて、今にも消えてしまいそうな小さな星だ。
月と人工の光に紛れてひっそりと瞬いている小さな星を、ほろ酔い気分の獏良は何とはなしに気に入った。
もっと見ていたかったから、眺める場所として公園を選ぶ。花見をした桜の綺麗な広い公園ではなく、ちょうど視界に映った帰り道の途中にある住宅街の隙間にできた小さな場所である。
錆びついた年代物のジャングルジムに手をかけて登る。随分と久しぶりな遊びに思わず顔を綻ばせていると、近くから呆れた声が聞こえてきた。

『……さっさと帰るんじゃなかったのか?』

ジャングルジムのてっぺんから地面を見下ろすと、自分とよく似た男が一人、憮然とした顔で見上げていた。凶悪な面構えをしているくせ、獏良とおなじ真っ白のコートが似合っていることが不思議でおかしい。
右手をひらひらと動かして、獏良は居候を手招いた。

「お前もおいでよ。見晴らしいいよ」
『誰が行くか、ガキくせえ』

心底くだらない、といった風に吐き捨てられる。
天邪鬼な彼らしい、いかにもな反応だ。
予想していたけれど、だからといって楽しいわけではない。背中をちょっと丸めて顔を両肘に乗せると、軽く拗ねてみせる。



「つまんないの」



頭上からの視線をまっすぐに受け止めて、バクラも笑った。



『知るか』



白い歯を剥き出しにしてニヤリと笑う、凶悪な笑み。
頭からバリバリと食べられてしまいそうで、慣れる前は正直怖かった。
慣れてしまえばなんということもない。これが彼の普段の笑い方なのだ。
だから気にしない。

「じゃあ、歌でも歌ってよ。さっき城之内くんたちが歌ってたやつ。聞きたいなあ、お前の歌。つーか歌え」
『……酔ってるだろ、お前』
「どうかな?違うと思うけど、そう見える?自分じゃよくわかんないな、どうしようか」
『家に帰ってさっさと寝る。それ以外にあるか』
「過保護ー」
『黙れ酔っ払い。っくそ、城之内の奴、アホみたいに飲ませやがって……』

言われてみれば、確かに気分がいつもよりふわふわと浮ついていて気分がいい。このまま鼻歌でも歌ってしまいそうな心地良さ。
機嫌良く笑っていると、下でバクラが大きくため息を吐いたのが見えた。
そしてふわりと地面を蹴ると、バクラは綺麗な弧を描いてジャングルジムの上に降り立つ。
錆びた鉄棒の上に足を乗せただけの、不安定な足場だというのにその動作に危うさはない。バランスを崩せる体を持っていないから当然かもしれないけれど。
さっきとは逆の立場で自分を見下ろしてくる、吊りあがった両目。目を細めて見返せば彼の透けた体を通して夜空が見える。
夜空に浮かぶ細い月の光を浴びて、闇を纏いながらもうっすらと燐光を放つ白いコートと白い髪。
同じ見た目をしているくせに、自分とはこうも違うものだと考えるだけで不思議で面白い。

「ねえ、歌わないの?」
『……まだ言ってんのか、テメエは』
「聞きたいのに。お前の歌」
『そんなに聞きたいなら自分で歌え。どうせ同じ声なんだ、どっちが歌ったって同じだろ』
「……わっかんないかなあ」

ふう、と息を吐きながら獏良は夜空を見上げる。
目の前に立っているバクラの姿は、確かに獏良の体を写し取ったものだ。同じ体で動いて同じ顔で表情を作って、同じ声で話す。
しかし二人の立ち方、笑い方、喋り方、そうした何気ない動作立ち振る舞い思考まで全て。
同じだとは言わせない。
そこまで獏良は彼に喰われていない。以前のように奪われるつもりもない。


(だからこの感情は僕だけのものだ)



「僕とお前は、全然違うじゃない」



視線を下ろして、にこりと明るい笑みを浮かべたままそう言い切ってやるとバクラは少しだけ目を見開いた。
そして面白いことを聞いたとでも言いたそうに、ふ、と小さく笑う。皮肉の交じった、けれどいつも見せている獰猛なものよりずっと柔らかい優しい笑顔。


『……確かに、そうでないと困るな』


透けた手が伸びて、獏良の頬が軽く撫でられた。
どういう意味だろうと考えるより先に、とん、と背中を押されて今度はジャングルジムから落とされる。
足場のない不安と目眩のする浮遊感。
地面に落ちてから慌てて後ろを振り向けば、ジャングルジムの上でバクラがいつもの柄の悪い笑顔で立っていた。
彼の後ろには真っ暗な夜空。
体が透けているのは獏良の方だった。

『ちょっと、変わるなら先に一言言ってよ!びっくりするじゃない!』
「テメェが動かねえのが悪いんだろうが。おら、とっとと帰るぞ」

非難の声をさらりと流して、バクラもジャングルジムから飛び降りる。
上ってきたときと同じように、一息で放物線を描いて地面へ。
いつもならまっすぐに立つはずの体が、しかし地面に両足がたどり着いた瞬間ふらりとよろめいた。
体を曲げたまま、煩わしげに片手で頭を抑える顔はどこか苦しそうである。

「あー……宿主、飲みすぎだろこれ。頭痛ぇ……」
『そうなの?全然わかんなかった。僕ってお酒強いんだねえ』
「そういう問題かよ……」

このザル。鈍感。信じらんねえ。城之内の奴覚えてろ。
一人でぐちぐちと文句を言うバクラの声は本来の持ち主の声より低く抑えられていて、言葉遣いは乱暴で、感情を隠さないからわかりやすい。
同じ喉を持っているのに、獏良とは全然違う。



別に、歌でなくても構わないのだ。
獏良はそんな彼の言葉を聞くのが好きだった。



『ねえ、今度は二人でお花見に行こうよ』

バクラの横に並んで、ふと思いついたことを口にする。
裏表のない正直な気持ちだったのだが、酔っ払いのタワゴトくらいにしか話を聞いていないバクラに鼻で笑われた。
こんな他愛ないやりとり、明日になれば全部忘れていると思っているんだろう。
(遊戯くんたちと遊んでいるときも楽しいけれど、お前とこうしているだけでも嬉しいなんて僕は絶対に言ってあげない)


「お前、本当俺様のこと好きだよな」
『……あれ、知らなかったっけ』


大好きなんだよ、と。
それでもとびきりの笑顔で返してやれば、面白いように顔を赤くして取り乱す居候が可愛くて可愛くて仕方がなくて。

思わず声を出して笑ったら怒られてしまった、ある暖かい夜の帰り道。










07.4/23