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「なんだと、この野郎!」
「ぶちのめしてやる!」
「うっせえ!テメエこそ沈みやがれこのカスが!」
政宗は引きこもりだが、同時に喧嘩っ早かった。
軍服をそれぞれ今流行り風に着崩した兵隊たちが我が者顔で往来を歩いていても、政宗は何も文句を言わない。
下品な言葉で街ゆく娘たちを誘っているのも五月祭の名物の一つだが、この祝うべき日にたった一人で裏路地を歩いている政宗の前に立ちふさがって道を塞ぎ、下卑た野次を飛ばすのはマナー違反だ。
売り言葉に買い言葉。
ついでにほろ酔い気分の兵隊から酒瓶を奪い頭に叩きつけると、ふざけていた周りの男たちが途端に殺気出す。
政宗一人に対し、相手は四人。しかも訓練された兵士たち。

むしろ望むところだ。

にい、と政宗は歯を剥き出しにして笑う。
最近閉じこもっていたせいで体がなまって仕方ない。
良いリハビリ代わりになるだろうと割れた酒瓶を投げ捨て、指を鳴らす。しかし、待ち望んでいた瞬間は来なかった。


パチン。
と軽い音が裏路地に響いた瞬間、飛びかかろうとしていた男たちの動きが硬直してしまったからだ。


ふわ、と涼やかな花の香りが政宗の鼻をくすぐる。
振り向くと、いつからそこにいたのだろう。一人の男が立っていた。
政宗よりもわずかに背が高く、黒と白の色を使った服を着ている。
彼が右手を上にあげると、揃って男たちは直立不動の姿勢をとった。
政宗は唖然とするが、男たちも訳がわからなかったらしく戸惑いと恐れの声を上げている。どうやら動けないらしい。
彼が構わずに幅の広い袖をふわりと動かして横に払うと、そのまま政宗達の横を通り過ぎてきびきびとした足取りで向こうへ行進して行ってしまった。
「…………なんなんだ、アンタ」
見上げると、彼が耳につけている青磁色のピアスがきらりと光って政宗は目を細める。
前髪を長く伸ばしているので彼の目を見ることはできなかったが、口元が穏やかに微笑んでいた。とても、ついさっき不思議な技を使って男たちを退散させた怪しい人間とは思えない。
前髪をあげれば、政宗と違いさぞかし好青年として女性の人気者になるだろうに。
思わずキッと睨みあげると、彼は困ったように肩をすくめた。
「余計な真似をしてしまったかな、若いの」
カラカラに枯れてしわがれた老人の声。
とても目の前の若者の声とは思えない。
声を発したのは、彼がどこからかひょいと取り出した人形だった。
ぱくぱくかくかくと口や体をコミカルに動かすその年老いた人形は、とても人形と思えないほど人間臭い。
…………大道芸人の類だろうか。
おかげで気が抜けてしまった。
「……いや、一応礼は言っとく。Thank you」
「どちらまで?ワシも途中まで一緒に構わんかな?」
「そこまでされる義理はねえよ」
断ると、人形が意味ありげに目配せをして政宗の耳元で囁いた。
無駄なところまで芸が細かい。
「……追われておるんじゃ、この老骨を哀れと思って助けてくれんかのう」
「……誰が老骨だよ」
人形でなく、それを動かす人間を政宗は睨みつける。
自分でも目つきが悪いと思っているその眼光にも、彼はにこりと小首を傾げただけだった。
ふ、と政宗と若者の顔が近付く。
人差し指を口元に押し当てて、しい、と小さく息を吐く。
漂う甘い花の香り。
穏やかで優しい笑みを浮かべていたと思う。孫を愛しむような翁の声。

「知らん顔をして。歩いて」











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