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恩返しの一種だろうか、案山子が動く山を連れて来た。
鉄くずのガラクタが集まってできたような奇妙な塊だ。この場でバラバラにならないのが不思議なほど無茶な組み立て方をしているが、しかしそれには扉がある。手すりがある。案山子と別れ、走って追いつくと階段を駆け上って政宗は小太郎の城に入った。
城の中は、いかにも魔法使いの住まいらしく不思議な道具であふれている。梁には数珠つなぎにしたタマネギや薬草が束ねて吊るしてあるし、棚には異国語で書かれている異国の本や曲りくねった口をした瓶、いかにも本物らしい古びた頭蓋骨まで並んでいる。そのどれもが乱雑に散らかって埃を被り、クモの巣を巡らせているのでこの家の主は掃除に無頓着のようだ。
魔法使いの家なんて初めて見たから興味はあったが、それより疲れてしまった。朝からずっと歩き通しだったのだ。
暖炉の前にある椅子に腰を下ろし、政宗はふうと安堵のため息をつく。
椅子の背中に体重を預けて揺らめく暖炉の炎を見ていると、ぼんやり眠くなってくる。まるで炎に顔が付いているような錯覚まで見えてきた。
オレンジ色の小さな炎の中に、小さくキラッと光る目玉が見えるのだ。
「……こんがらがった呪いだね」
だからそのオレンジ色の炎が口をぱっくりと開けて、話しかけてきたときは驚いた。
火が喋った。
夢見心地だった政宗は一瞬で目を覚まし、まじまじと見つめる。
パチパチという薪の燃える音と一緒に、どこか飄々とした声音で炎は続けた。
「オマケに人には喋れなくしてある。かけたのは荒地の魔法使いかい?」
「……お前が小太郎か?」
「違うね。俺様は火の悪魔、佐助様さ!」
名乗ると同時、ぼう、と得意げに炎が強く上がった。
悪魔なんて存在、昨日までの政宗なら鼻で笑うだけで全く信じようとしなかったに違いない。けれど実際目の前では炎が喋っているし、本物の魔法使いや一人で動く案山子に出会ってしまった。今更悪魔が出て来たって、もう政宗は驚かなかった。
それに、本物の悪魔なら魔法使いの呪いを解くことなんて簡単そうだ。
「なあ佐助、お前なら俺に掛けられた呪いを解けるのか?」
「お安い御用さぁ。アンタが俺様をここに縛り付けている呪いを解いてくれれば、すぐ、アンタの呪いを解いてやるよ」
「HA!悪魔と取引をしろってわけかい。だが、テメエは人間との約束を守れるのか?」
「悪魔は約束をしない」
「……なら、他を当るんだな」
「ちょっと待ってくれよ!俺様ほど可哀そうな悪魔もいないんだって!」
哀れっぽい声を出して、佐助は政宗を引き留めた。悲しげに炎をちらつかせるが、政宗はどうもこの悪魔が最初に見せた小ずるそうな顔が気に入らないので油断できない。
「契約に縛られて、もう何年もここで小太郎にこき使われてるんだよ!この城だって、俺様が動かしてるんだぜ!」
「アンタだって、この契約で何か得をしてるんだろ」
「……そりゃあね。そうでなきゃ取引なんてしないし」
渋々、といった態で悪魔は肯定した。体があったら、頷いたり肩を竦めていたりしたかもしれない。
「でもさ、こんな事になるってわかってたらしなかったよ。長い目で見たら、この契約は俺にも小太郎にもためにならないんだ」
「……ふぅん」
「アンタもさ、その恰好でこの城にやってくるくらいだ。早く呪いが解けてほしいんだろ?」
小太郎が若い娘の心臓を食べてしまうという噂は政宗も聞いている。
その恰好、と言われて政宗は政宗は嫌そうに自分の手を見た。
昨日の自分よりずっと小さくて細い手だ。体つきも全体的に細く華奢になっているし、声も高い。まるで女のような、と言いたいところだが今の政宗は本物の女なのだ。性別が変わっても、右目の痕だけが変わらないのが余計に苛立たしいことだった。
「俺様と小太郎の契約の秘密を見破ってくれたら、呪いは解けるんだ。そしたら、アンタの呪いも解いてやるよ」
にやにやと口を歪めて佐助が笑っている。
「……だが、俺がお前らの呪いを見破るにはここにとどまる必要がある」
「口実くらいなんとでもなるよ。なんせ小太郎の奴は自分のことばっか一生懸命で、ろくに周りを見ていないんだ。他のことには頭も回らないのさ。俺とアンタの二人で騙すくらいワケないって」
と、ここで口をつぐんで佐助は政宗を見上げる。
ちら、と何かを期待する目でそっと打ち明けた。
「アンタがここに残ってくれれば、だけど」
……他に方法はなさそうだと、政宗は溜息をついた。
「Okey、取引成立だ」
ぼう、と悪魔は嬉しそうに炎を燃やした。
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