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きりきりと独りでに取っ手が動いて、黒い面を指す。
扉が開いて一人の男が現れたが、政宗はベーコンが焼ける音に気を取られていて気がつかなかった。
「あ、小太郎。おかえり」
いつきの声にぎょっとして振り向くと、黒と白の服を着ている男が目に入る。
すっと背の伸びた若者で、目の色は前髪で隠しているために分からないが。
見間違えるはずもない。五月祭で出会ったあの変わった男だ。
政宗を見て不思議そうに首をかしげ、何か言いたげに口が開くが彼は相変わらず言葉を発しようとはしなかった。
コツリ、コツリと音をたてて家に入ると、暖炉に近付いて政宗の隣から佐助を覗きこむ。
ベーコンの匂いに混じって、小太郎からは涼やかな花の香りがしている。
「小太郎!コイツが俺様をいじめるんだよ!」
哀れっぽく訴える佐助の言葉に、小太郎がふいと政宗を振り向いた。
前髪で目を隠しているくせに、政宗は彼から目を外すことができない。覗きこめばそのすだれ越しに目の色くらいわかりそうなものなのに、何故かこれ以上踏み込むことが恐ろしいことに思えてならなかった。

魔法使いの小太郎は若い娘の魂を抜き取ってしまう。

そんな噂を思い出して、政宗は小太郎をきっと見返す。真実はどうであれ、悪魔が見破ってくれたとして、今の政宗はれっきとした女だからだ。
「……俺から心臓を取ろうったって、無駄だぜ」
「その人、小太郎が雇っただか?政宗は新しい掃除婦って言ってたべ」
まさむね。
小太郎の唇が動いて、ゆっくりとその名前をなぞった。
吐息だけのそれは小さく、言葉ですらなかったが、どこか愛しむような呼び方が知らず政宗の胸を打つ。
す、と小太郎の手が政宗の頬に伸びても、だから政宗は一瞬反応するのが遅れてしまった。
「……っ!テメエ、何を!」
「あー、それ俺様も気になってたわ」
気色ばむ政宗に対して、佐助の声はのんびりとしたものだ。
佐助に文句を言うか小太郎の手をはねのけるか、歯ぎしりしている内に小太郎の手は政宗の腰まで下がる。ざわざわと鳥肌が立って気持ちが悪い。

腰のポケットに手が届いた途端、ばちっ!と何か静電気のような音がした。

小太郎が政宗を押しのけ、距離をとる。政宗は非難の声を上げようとしたが、彼の手が燃えていることに気づいて言葉を失った。
正確には、小太郎が手にしている赤い紙が燃えているのだ。政宗のポケットから取り出した赤い紙。紙はひらひらと宙をさまよい、床に落ちると紫の炎を出して燃え尽きる。
後には一つの複雑な紋様が残った。
「焼きついた!?小太郎、これ……」
「とても古い魔法だね。しかもとびきり強力だ」
「荒地の魔法使いだか?」
「他にいないよ」
暖炉からギリギリまで身を乗り出して、佐助が答える。
小太郎は床に片膝をつくと、ゆっくりその紋様に手をかざした。
ぼう、と紫色の炎が紋様を走る。
構わずに、小太郎は右手でそれを覆う。時間をかけて、荒地の魔法使いの魔力を払拭していく。
魔力と魔力が衝突する余波のせいで、風も吹いていないのに小太郎の髪が舞い上がった。
にい、と小太郎の口が楽しげに歪む。
次の瞬間、右手で拭きとった床にあった焼け焦げた文様は嘘のように奇麗に消え去っていた。
「すごい!消えた!」
「……焼け焦げはね」
いつきの感心した声と、佐助のどこか物憂げな声。
どちらにも構わずに小太郎は立ち上がると、左手で佐助の上に乗っていたままのフライパンからベーコンを一枚口に放り込む。
一回だけ政宗の顔を見ると、あとはもう全ての興味を失ったように無表情で階段を上って二階へ上って行ってしまった。
茫然とそれを見送っていたが、いつきが怪しそうに目を細めて政宗を振り返る。
「政宗って、実は荒地の魔法使いの手下?」
「んな訳ねえだろ!俺こそアイツの……!」
続きの声は、どれだけ言葉にしようとしても声に出ない。
荒地の魔法使いの呪いのせいで、相手に気付かれない限り自分から呪いのことは話せないのだ。
つい最近まで、自分は正真正銘の男だったとは口が裂けても言うことができない。荒地の魔法使いや火の悪魔、全てが謎だらけの魔法使い小太郎と関わりたくもないのに縁を結ばなければならなくなった。
「魔法使いのくそったれ!絶対ぶちのめしてやる!」
ぎりぎりと歯ぎしりをして、政宗は苛立ち紛れに戸棚を蹴っ飛ばした。
戸棚から床から盛大に埃がもうもうと舞いあがり、二人で盛大にくしゃみをする。
薪の奥に引っ込んで埃から逃げた佐助は、ふう、とわざとらしくため息を吐いた。

「全く、大した呪いを持ち込んでくれたよ」




















汝 流れ星を捕えし者 心なき男 お前の心臓は私のものだ



















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