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「……俺なんて、美しかったことなんて一度もねえよ」
城の扉を蹴り開けて、政宗は荒野に飛び出した。
外はひどい雨で、たちまち政宗は全身ずぶ濡れになったがそんなことに気を使う余裕はない。
小太郎を殴り倒した時、手の甲についた緑色のねばねばが雨に流れて落ちていく。
自分のことばかり考えている小太郎に腹が立ったし、部屋中を埋め尽くす闇の精霊と一緒にいたくなかったし、惨めな自分が嫌だった。
彼は何が不満だというのだろう。髪の色が何だというのだ、髪なら染め直せばいいじゃないか。
でも、政宗の右目は取り換え用がないのだ。
悔しい。どれが一番悔しいのか分からないくらい悔しくてたまらない。
女というものは涙脆くていけない。腕で乱暴に顔を拭っていると、カブ頭の案山子がそっと政宗の頭上に傘をさしてくれた。
相変わらずの無表情だが、こうしてじっくり見ると政宗を気遣ってくれているようにも見える。
「……アンタは、いい案山子だな」
小太郎も、これくらい人を思いやることができればいいのに。
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「小太郎って喋れたんだな」
「え、喋れるよ。当たり前じゃん」
緑のねばねばで包まれた小太郎を、風呂場に文字通り蹴って放り込むと政宗は部屋の掃除を始めた。
荒野にへどろを吐き出しながら世間話に始めた会話だったが、佐助の言葉に政宗はむっと顔をしかめる。
当たり前だと言われたって、政宗が小太郎の声を聞いたのはあれが初めてなのだから仕方ない。
いつきも興味深そうに身を乗り出してきた。
「おらも初めて聞いた」
「見栄っ張りなんだよ。子供の頃に人参みたいな髪とかあなたの声ってカラスみたいねって言われたのを、あの年になっても気にしててさ。未だに興奮すると母国語が口を出るしね」
「子供の頃って、いつの話だよ……」
それは、もう見栄っ張りという次元の話じゃない。
モップにもたれかかって溜息を吐くと、全く同感だ、と頷きながら佐助はねばねばの被害にならなかった薪を口に放り込んだ。
「好きな子の前では格好良くいたいんだと」
「へえ」
聞き流しかけて、政宗はぴたりと硬直する。
いつきが瞳を輝かせながら、両手を目の前でうっとりと組んだ。
「……好きな子?」
「好きな子!」
「昔の話だよ」
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