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政宗は城の中を我が者顔にひっくり返してきたが、小太郎の部屋にだけは入ったことがなかった。
何度か試みたことはあったのだがいつも小太郎が無言で拒絶してきたし、留守の時はガッチリと特別製の鍵をかけているせいで入れないのだ。
しかし、今日は小太郎は入口を立ち塞がなかったし、鍵もかかっていなかった。
数回ノックをしてから、政宗は部屋の扉を開く。
なるほど、そんな場面など見たこともないが小太郎は本物の魔法使いだったらしい。部屋には不思議なもので溢れかえっている。天井には地球儀のような青い球体や色石の簾、材質の分からない飛行機の模型のようなものがぶら下がっているし、絨毯の上にはまるで鳥の巣のようにガラクタのような置物、お面にランプに何故か薄汚れたバケツまでが散らばっていた。
棚は難しそうな書物がぎっしりと詰まっている。
初めて出会った時に彼が持っていた、白髪の老人の人形を見つけて懐かしさを覚えた。
この城に住むようになってから、まだそれほど長い時間が経ったわけでもないというのに。
小太郎はそれらの中央で、天蓋付きのベッドに眠っていた。
髪の毛は赤燈色に定着したらしい。確かに人参のような色と言えないこともないが、それより綺麗な朝焼け色の方が表現として似合っていると政宗は思う。要するに気に入ったのだ。
自分が棚の中を動かしたせいでこんな事になってしまったのだという、ちょっとした後ろめたさもある。
「Milk持ってきた。飲みな」
勧めるが、小太郎は緩やかに首を振っただけでこちらを見ようともしない。
ベッドの周りも散らかっていたので少し悩んだが、政宗は横に積み上げられた本を数冊ずらし、空いた場所にカップを置いた。
それで部屋を出ようと背を向けたら、ベッドから離れる瞬間腕を掴まれた。半目になって視線を下ろすと、当然のように小太郎と目が合う。相変わらず長い前髪が垂れ下がっているせいで、彼がどこを見ているか正確には分からないが。
「……何だよ」
「……」
返事の代わりに、ぎゅ、と小太郎の手に力がこもる。
ここにいろ、という意味だろうか。男が側にいたって何にもならないだろうに。
数回腕を振ってみたが、小太郎が手を離そうとしなかったので諦めた。ベッドの横にあった椅子に座って小太郎に右手を貸してやる。
政宗が大人しくなったことに気付くと、する、と小太郎の指が動いて甘えるように政宗の指と絡まった。
男と指を絡めて何が楽しいんだろう。政宗は心の中で呟くが、今の政宗は女だった。
自分は本当は男なのだと言ってやりたいが、向こうから指摘されない限り政宗は話すことができない。
何も知らない小太郎が少し哀れに思えてきた。
小太郎から視線を外すと、頭上できらきらと風見鶏に嵌めこまれた黒い石が光っているのに目が行く。
何気なく覗きこんで、ぎょっとした。
石の中には銀髪の青年が映っていたのだ。
忘れるはずもない、政宗に呪いをかけた荒地の魔法使い。まるで目の前にいるように、鮮明な姿で政宗にその横顔を見せている。思わず固唾を飲んでいると、荒地の魔法使いが政宗を振り返る瞬間に小太郎の手が伸びて風見鶏をくるくると動かした。
宝石の中の荒地の魔法使いは、やがて後ろ姿を見せて政宗から遠ざかっていく。
天蓋の下でリィ、リィと涼やかな音を立てていた銀の鈴がしんと静まった。
「……魔法使い除けのまじないってやつか?」
尋ねればこくりと頷く。外見の割には幼い動作に、政宗はふっと苦笑した。
この城に来てから政宗が知った小太郎は、わざと悪いうわさを流して悪者ぶって、泥の中でガラクタを組み立てるのに夢中で、髪の色に大袈裟なくらい一喜一憂して、怖い魔法使いから逃げてばかりの臆病者で。
左手を伸ばすと、小太郎の額にそっと手を伸ばす。

「ガキ」

小太郎は拒絶しなかった。
長い前髪がかきあげられて、ガラス玉のように感情の見えない双眸が政宗をじっと見上げている。





















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