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小太郎に腕をひかれ、政宗は新しく作られた出口をくぐる。
港町と王都に繋げていた今までの扉は、元就によって抑えられてしまったのだ。このまま二つの入口を放置していてはすぐに見つかるからと、風呂から出て来た小太郎は佐助と引っ越しの準備を始めた。
「逃げるんだ?」
「戦略的撤退って言ってくれる?」
皮肉を投げてやると、苦々しく笑って流す。契約のせいか、それとも付き合いが長いだけか。この二人は時々同じものを欲しがったり考えたり表情を作ったりする。
ただ小太郎は口元で笑うだけで、佐助のように何かを言い返すことはしなかった。ようやく喋ってくれるようになったと思ったのに、自分の家に帰ればこの男はまたすぐだんまりに戻ってしまったのだ。
何か用事があるのは雰囲気で想像がついたが、結局小太郎は政宗に何かを告げることもなく腕を引っ掴み扉まで連れていくと、新しく紫色に塗った面を下にして取っ手を回す。
扉が開くと、途端芳しい香りが政宗の周囲に広がった。


「……う、わ」


扉の外では、見渡す限りに花が咲き乱れていた。
花の種類なんて政宗は全く知らないが、紫、赤、白、ピンクにオレンジ、純白と、色とりどりに数え切れないほどの花々が湿原に鮮やかな絨毯を広げている。
清らかな水辺、さらさらと流れる小川のおかげでひんやりと涼しい。
足場を探るようにゆっくりと芝草を踏むと、黄色い花の茂みで蜜を吸っていたたくさんの蝶が一斉に飛び立っていく。
後ろを振り返ると政宗たちがくぐった扉は小さな水車小屋のもので、この風景にとてもよく馴染んでいた。
小太郎は掴んでいた政宗の腕を解くと、今度は指と指を絡めて手を繋いできた。花畑で手を繋いで見つめあうなんて、一体どんなおとぎ話だろう。
「……プレゼント」
小太郎がそっと口を弓なりに吊り上げる。
頬の一つでも赤らめればさぞかしこの風景に似合うだろうにと、政宗はどこかずれた感想を浮かべていた。綺麗な男なのだ。政宗よりずっと花が似合っている。
「ずっと、政宗に見せたかった」
城の中では貝みたいに閉じたままだったのに、どうして政宗の前でだけ口を開くようになったのだろう。
俯いた顔を隠す前髪の奥で、ガラス玉のような両目が細められている。
小太郎は、たぶん笑おうとしている。
嫌な予感がした。

「……なんで、俺なんだ」

たくさんの花を贈られて無邪気に喜べるような人間じゃないのだ。
小太郎の腕を振り払って、政宗は後ずさる。地面を踏むたびに香る、むせ返るような水と草の匂い。
離れてしまえば、小太郎がどんな顔をしているのかわからない。
「俺、お前のことが好きだよ。お前が何だろうと、何になったとしても」
黒灰色の翼と鱗を持つ、人の片鱗を残した四つ足の怪物。
初めて見た時はもちろん驚いた。けれど小太郎だと思えば、不思議と嫌悪は湧かない。
だからこれからも上手くやっていけるだろう。
友人だと思っているのだ。小太郎のことを、放っておけない大切な。

「でも、俺じゃ駄目なんだよ」

友人以外になってはいけないのだ。
小太郎より小さい体も、細い腕も、滑らかな肌も高い声もすべて本当の政宗のものじゃない。
政宗が女だったら、もしかしたら魔法のキスで呪いを解くことができたかもしれなかったが、政宗は男で。
掃除や洗濯くらいしかできない、美人でもない右の顔が潰れているただの帽子屋の長男なのだから。



どうやったっておとぎ話のお姫様にはなれないのだから。





















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