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どん、と腹の底まで響くこれまでにない大きな音。
衝撃と瓦礫の破片から守るためにかざしていた手をどけると、中庭には爆弾が中身を破裂させないまま半ばまで土に埋もれている。
そして爆弾に寄り添うように、黒灰色の羽を広げたままの生き物。
「小太郎!」
ゆっくりと顔をあげて、小太郎が政宗を見た。政宗が気に入っていた赤橙色の髪まで黒灰色の羽に変えて、それでもまだ彼は微笑んでいる。
「すまない……今夜は数が多すぎた」
「生身で爆弾に突っ込む奴があるか、馬鹿が!」
よっぽどぶん殴ってやろうと思っていたが、小太郎が前に踏み出した瞬間たたらを踏んでしまったので慌てて手を伸ばす。
後ろに手をまわして支えてやると、羽に隠れているだけで小太郎の体はまだ意外と人の形が残っていた。小太郎の身体は小十郎と似たような大きさで今の政宗には重かったが、たったそれだけの小さな体で軍艦と渡り合っていたのかと考えるとそれだけでぞっとする。
彼の身体にまとわりついた硝煙と埃、鉄と生き物の焼けるにおいが鼻について政宗は顔をしかめたが、構わず彼に肩を貸して家の中まで連れて行った。
ずるずると地面を引きずっていた、小太郎の身体を支える大きな両翼が扉の前で一度羽ばたく。
店の戸を破り、今にも二人に押し寄せようとしていたゴム人間たちは強風に煽られ全て姿を消した。
「小太郎!政宗!」
暖炉の前に避難していたいつきの元に政宗が駆け寄ると、小太郎は佐助の前に立ちくすぶっていた炎を赤く燃やす。
「起きろ」
「……うあー、気分悪……吐きそう」
ぼふ、と口から黒い煙を吐いて佐助の炎が縦に伸びた。ぱちぱちと小太郎の手の中で火花が飛び散り、薄暗く変色していた佐助の炎も綺麗なオレンジ色に戻る。
「喋った……」
小太郎の姿より、喋ったことの方が問題らしい。茫然と見上げるいつきに口だけで微笑みかけると、小太郎は半兵衛の前に立つ。
「随分と久しぶりじゃないか、小太郎君」
「そいつが俺様に変なものを食わせたんだよ!」
佐助の声に、半兵衛がすっと目を細めて笑った。
頭を垂れる小太郎の、差し出した手のひらに葉巻の火を押し付ける。
「珍しいね。君が逃げないなんて」
「……彼らをお願いします」
答えはなかった。荒地の魔法使いは興味深そうに眺めているだけだったが、同時に否定もしない。小太郎は踵を返し扉に向かう。
「ここにいてくれ。佐助が守ってくれる。外は、俺が守るから」
「待てよ、お前が行く必要はないだろう!?」
横切る小太郎の腕を掴んで、叫んだ。羽毛と鱗に包まれた彼の腕は、想像していたよりもずっとごわごわしていて固い。人間の腕をしていないのだ。
「次の空襲が来る。佐助も爆弾は防げない」
「逃げればいいじゃねえか!戻れなくなったらどうするんだ!」
初めて見た時は、まだ見た目にもはっきりと人の形を保っていた。それが、今はどうだろう。
いつかの夢に見た魔獣の姿。悲しげに鳴いて政宗の前から飛び去っていってしまった。
政宗の腕をゆっくりと解いて、小太郎が前に立つ。
黒灰色の羽の隙間から覗く彼の眼はガラス玉のように透明で虚ろで、何を考えているか見当もつかない。
ガラス玉の両目を隠して、彼は微笑んでばかりだと政宗は思った。
他の表情を持っていないのだ。
「……契約をして以来、自分でもどんどん心が削られていくのが分かる。もう何を見ても何も感じることができないし、こういう時どんな顔をすればいいのかも忘れてしまった」
「小太郎……」
「それでも、守りたい人がいるんだ」
鋭い爪が伸びた、鱗の生えた腕が伸びて政宗を抱きしめる。死臭漂う異形の男。彼ならば一人でどこまでもいけるはずなのに、誰のために選んだ道なのだろう。
窒息してしまうんじゃないかというほど強く、強く、それでいて全てを委ねたくなるような優しくて心地よい温もりが小太郎の腕の中にはあった。










……全身で愛情を感じる瞬間とは、こういう時をいうのだろうか。










「政宗を、守りたいんだ」





















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